カモネギFX

株式投資、FXデイトレード、古書収集などをド田舎で行っている資産運用ブログです。

ワープアの入院と手術 その3

手術前にお医者さんに「男の人でも痛くて悲鳴上げる人もいるけどね」とボソッと言われ、「えっ」と思いました。


まあ痛かったですけれど、悲鳴は上げずに我慢できました。


手術中はかなり太めの若い看護婦さんに腕を掴まれたままで、「おー、我慢強いですね」なんて、褒めてもらえましたが、悲鳴を上げたからったって止めてくれるわけではないんだろうとか思ってました。


術後の経過は、私の場合、手術の傷跡がなかなか塞がらなかったようで、排便時の出血がかなり長い間続きましたけれど、半年以上経った今ではきれいさっぱり完治したように感じます。


手術は子供のときに柱に頭をぶつけて、数針縫ったとき以来です。


さて、日帰り入院で15分の手術であろうとも、手術は手術です。手術費用は2万3千円くらいでしたが、支払いのときに受付で、「生命保険に入ってらしたら、支払いの対象になるかもしれませんので、保険会社に聞いてみてくださいね」と言われました。


「えっ、生命保険?」

ワープアの入院と手術 その2

前回の記事で真面目に心配して下さった方もいたようで、深刻な書き方をするべきではなかったと反省しております。


さて、話はしょうもないオチなのですが、入院と言っても日帰り入院で、15分程度の手術を行っただけのことです。


では病名は?


多く人がなっているけれど、ちょっと話題にするのは恥ずかしいところであろう痔です。


痔で病院にかかり始めたのは、もう10年以上前の中国留学当時からで、数年ごとにたまに悪くなり、ときどき病院に行くという状態が続いていました。


痔の進行度としてはステージⅡの状態が続いていて、塗り薬などで様子を見ようという診断結果が続いていました。


今回、ステージⅣになっているから、「もうそろそろ手術できれいに治しませんか?」と医者から言われて、手術しました。


「10分ぐらいで終わるよ、ハハハっ」


とお医者さんが軽々しくいうので、なんとも思わず手術を了承したのですが、痔の手術って結構痛いらしいというのをあとからネットの記事で知りました。


確かに痛かったです。

ワープアの入院と手術 その1

仕事は失業保険レベルの収入しかないワープア。さらにはワープア脱出をかけたFXではボロ負け。


人生八方塞がりといった感じですが、悪いときには悪いことが重なるものです。


中国の長編古典小説『紅楼夢』の冒頭でも一人娘を人さらいにさらわれた上に、夫婦ともに病気になってしまった後で、さらには火事で家産を失ってしまうという話がでてきます。


つまりいつの時代も悪いときには悪いことが容赦なく襲ってくるということです。


私もまたよりによってワープアでどんづまりのいま、入院して手術を受けました。


このブログもいつまで書き続けられることか……。

再度、新興国株式へ乗り出す その13

最近の円安のおかげで私のトータルのベトナム株投資はとりあえずはプラ転しているところです。投資企業は25社に及んでいますが、あまりそれぞれの会社の実態は分かっていません(笑)私的ベトナム株インデックスファンドといったところです。


ちなみにSBI証券でベトナム株を買っていた頃は、取引手数料の高額さから、ホアン・アイン・ザーライを一点買いしていたのですが、私が売却した後に暴落したので、もしベトナムのサイゴン証券に移っていなかったなら、資産半減どころではない打撃を受けていました。


やはり、言葉の分からない国の企業への集中投資は恐ろしい。


さて、ベトナム現地の証券口座の開き方ですが、10年ほど前のベトナム株バブルのときには多くの人が現地の証券会社まで、直接口座を開きにいったそうです。


私は、費用は55000円かかりましたが、日本国内の口座開設代行業者にお願いしました。


というのも、ベトナム現地の証券口座開設には、ベトナム大使館か領事館でパスポートの認証を受ける必要があるのですが、となると私の住んでいるところからだと、大阪か福岡まで行かないといけません。


その時間と費用を考えると、代行業者に頼んだ方がいいかなと判断したからです。ただ、後から分かったことですが、ベトナム大使館にパスポートを送りつけて認証してもらい、さらに返送してもらうというやり方もあったようで、そちらの方が安くあがるし、いろいろ勉強になっていいかなとも思いました。


というのも、ベトナムのサイゴン証券には日本語の分かる社員がいるので、直接のやり取りは英語どころでなく日本語でメールを送るくらいでも十分できると思います。


ただ、ベトナム株を売却した後の日本への送金や税申告などはかなり煩雑そうなので、ベトナム株に投資した資金は養子に出した子供といった感じになりそうです。


もう自分の手を離れたのだから期待してはいけないが、もしかしたらワープアに転落した自分を救う命綱になるかもしれないといった位置づけです。


まあ少ない資金ながら、いろいろと人体実験していますので、経過は今後も書いていこうと思います。

再度、新興国株式へ乗り出す その12

将来性は間違いないが、未知の市場で株価の高低の判断がつかないといった場合は、ドルコスト平均法による投資がいいと思います。


つまり退職金を一度にドカンと投資してしまうといった方法ではなく、月々の収入の中からゆとりができたら少しづつ投資していくといった方法です。


ネットの記事で今でも読めますが、ITバブルがはじけた後のソフトバンクの株主総会は地獄絵図だったそうです。ソフトバンクの時価総額は20兆円から2800億円と約100分の1へ下落、はらわたが煮えくり返り、目を三角にした数千人の株主が総会に集結しました。


その中に、ご主人の退職金1000万円をすべてソフトバンク株に投じたおばあさんの話が出てきます。


「私は、主人の残してくれた遺産、何十年も勤め上げていただいた退職金の遺産のすべてをソフトバンク株に投入しました。1000万円分です。それは孫さん、あなたの夢を信じたからです。あなたの夢と志を信じたからです。株価が99%下がって全財産の1000万が10万円になっちゃったんです(以下略)」


もしこのおばあさんがソフトバンクの株式を20年に渡って1000万円分、ドルコスト平均法に基づいて毎月4万円程度買い続けていたら、結果はまるで違ったものになったことでしょう。


ドルコスト平均法による投資は昔なら絵に描いた餅でしょうが、今なら国内株にはミニ株制度もあり、ベトナム株などは多くの単元株が数千円といったレベルです。


経済成長前の割安を狙う一昔前の中国株投資の本質は既にベトナム株などに移ったと私は思います。邱永漢先生が生きていれば、きっとそう言うでしょう。

再度、新興国株式へ乗り出す その11

2013年からほんの少しベトナム株を買って観察していますが、足掛け4年目になっても個別株の動向は別として、全体的にはほとんどノーチャンスの状態が続いています。


未だに優良企業株には外国人の所有比率に制限がありますし、通貨としてのベトナムドンも弱いままです。


先見の明があって、もっと早くベトナム株に投資していた人たちは、株安と何度かの通貨切り下げのダブルパンチで相当な含み損になっている人が多いのではないかと想像します。もしくは諦めてベトナム株から撤退してしまったか。


チャートを見ると、2000年代後半にベトナム株バブルのようなものが発生しています。ネクストチャイナと見た多くの日本人がベトナムの証券会社を訪れて、口座開設をしたそうです。


もう10年以上前のことですので、辛抱強く投資し続けられている人は少ないかもしれません。


しかし、バブルの後に本当の経済成長がやってくることも多いです。日本ではITバブルから15年以上経った現在では、新規上場企業はITベンチャー企業だらけになっています。私の現在の所有株もITベンチャーばかりです。


株価が100分の1になったと言われるソフトバンクもバブルの天井から4分の1程度にまで値を戻しています。300年企業を狙っている同社がバブルの天井値を超えるのは時間の問題でしょう。


しかし、ベトナム株のように将来的には間違いないが、いつ暴騰し始めるか分からない市場への投資はどうやってやるべきか?

再度、新興国株式へ乗り出す その10

中国滞在話が長く続きましたが、書きかけの新興国株式投資について、記事を完結させておきます。


ものの見事に中国の経済成長に乗り遅れたことを今回の中国出張で痛感させられたのですが、過ぎ去った時間を悔やんでもどうにもなりません。


それよりも今からでもできることはあるのか?邱永漢先生の話を参考にするとあります。


邱永漢先生は昭和29年から昭和47年までの日本で経験したことを昭和47年から約20年に渡って台湾で応用したそうです。


二十年たってみると、日本で起こったことがほとんど台湾でも起こり、お手本通りにやったことが、邱永漢先生に望外の富をもたらしたそうです。(『みんな年をとる』第五章「日本で起こったことは東南アジアでも起こる」)





邱永漢先生がその後日本や台湾で経験したことを中国でも応用したのは周知の通りです。邱永漢先生曰く、「これは虎の巻を見ながら、答案を書くようなものだ」と。


つまり、グローバル化の中で格差是正の高度経済成長は、ほとんどどこの国でも例外なく起こるので、中国列車に乗り遅れたとしても、また別の国の経済成長列車を探せばいいだけの話なのです。


ネット上の情報を見ていて一番有望だと思うのは、日本からでも容易に株式が買えて、自分が中国に初上陸した2001年当時かそれよりも少し前くらいの風景が広がっているベトナムです。

ワープアの中国滞在記 その22

余談ですが、白タクのおじさんの奥さんも教師で、彼が中学校の教師で月給100元だった頃、小学校の教師だった彼女は、それよりも少し月給が低かったそうです。


奥さんは今でも教師として働いていて、月収は4000元程度だそうです。


白タクのおじさんの車はトヨタのカムリで、日本で雲助と賤称されるような悲壮感は全くありません。悠々自適の自営業者といった感じです。1980年代の中国では、多くの人は月収100元に疑問を持つことなく生活していたのでしょうが、そういう時代にいち早く深センに行ったおじさんは普通の人よりも少し勇気があったのかもしれません。


中国火車旅行 (角川文庫)
宮脇 俊三
角川書店
1991-09



最近読んだ本で、1985~1987年の中国の列車旅行記が書かれているのですが、この中にも都市労働者の月給が80~100元程度という話が出てきます。


本で読んだ内容と自分が直接聞いた話が符節を合わせたように一致する。これも一種の学問ではないかと思い、ワープアに転落したとはいえ、今後はこういう方向で研究していきたいと思うのでありました。


さて、ワープアに転落してもう当分中国に行くこともないだろうと思っていたところに、期せずして中国出張の仕事が入り、6年ぶりに中国入りしましたが、今回感じたことは、ネットの情報網が発達した結果、もう中国に直接行かなくても中国のことはかなり良く分かるということでした。


それはつまり中国との比較で日本の状況もよく分かるということになるのですが、日本の中にいても意識だけはグローバル化して、隣国中国の恩恵をいろいろと受ける方法があるのではないかとも考えるのでした。


それについてはまたいずれの機会に。

ワープアの中国滞在記 その21

白タクのおじさんは最近十数年の中国の不動産市場の変化についても話してくれました。


「2000年代の初頭、100平米のマンションを4万元で広告を出しても誰も買う人がいなかった。ところが、今なら40万元のマンションでも広告を出さなくても売れるが、そもそも40万元ではもうマンションは買えない(苦笑)さらには、深センあたりでは10倍どころではないくらい値上がりしたマンションも多いよ」


「自分が広東の故郷でマンションを買った頃、階下の道路に止まっている自動車なんて全然なかった。しかし、同じ場所に今は隙間もないほど自動車が止まっているよ(笑)」


おじさんは「もー、発展のスピードが早すぎてついていけねー」といった話ぶりでしたが、2000年代前半というと、私が留学で中国に初めて足を踏み入れた時期でもあります。


この話を聞いて、私もまた大変なチャンスを逃したことを実感したのでした。日本にやってくる中国人研修生のごとく、職業など何でもいいから日本で働いて、中国株や中国不動産に投資していれば、今頃はワープアではなく、プチ小金持ちくらいにはなれていたでしょう。


しかるに私が当時やっていたことは、中国でかび臭い古本を片手に誰も読まない研究論文を書くといった一円の価値も生まない作業でした。


過ぎ去った時間は元には戻らず。では今からでもできることは何なのか?

ワープアの中国滞在記 その20

「1987年の頃、中学校の数学教師だった俺の月給は100元だったんだよ。たった100元の給料で何ができる?友達とちょっと食事に行けばなくなってしまう。彼女もできないし、結婚だってできない」


「だから中学校の教師は辞めて、深センの工場に働きにいったのさ。そうするといきなり給料が300元になった。さらに半年後には600元になった。当時としてはそれは大したもんだよ。これなら彼女とも付き合えるし、結婚もできる」


と、語り始めたおじさんの年齢は50代くらいでしょうか?とすると、中学校の教師は最初の就職で、すぐにやめてしまったのかもしれません。


それと、1987年の100元がどれくらいの価値があったのか、気になったので、後から調べてみました。


当時の為替レートはおよそ1元=38.85円。現行レートよりも1元の価値が高いですが、月給はたった100元なので、月収約4000円ということになります。


大の大人が一ヶ月働いてたった4000円。しかも学校の先生で。


当時の日本の物価と比較すると、1983年に発売されたファミコンの定価が14800円でした。さらには、1987年に発売されたゲーム『ドラゴンクエストⅡ』の定価が5500円でした。


当時、ファミコンは子供のおもちゃとしては高級な部類だったと思いますが、それにしてもファミコンのソフト一つ買えない月給で中国の成人が働いていたと思うと、グローバル化が進む前の世界とはいえ、凄まじい話だと思います。


中国人の月収が3~4万円だった時代は、10年近く前の中国出張に頻繁に行っていたサラリーマン時代に工場労働者の給与明細を見たことがあったので知っていましたが、邱永漢先生の本に「中国人の月収は1万円」とよく書かれていても、ホンマかいなと正直思っていました。


なぜなら、それは自分が直接見た時代の話ではないからです。


しかし、月収1万円どころか5000円もなかったことを語る人に今回間近で接して、邱永漢先生の本に書いてある話は確かに過去存在していた世界だと実感するようになりました。


もしその頃に、中国に何らかの形で投資できていたら、今頃我々は王侯貴族はオーバーでもプチ富裕層には簡単になれていたことだろうと思います。


日本人がファミコンで遊んでいる間に、絶好のチャンスは過ぎてしまったようです。しかし、それを「逃した」ということに気づけたなら、それはひとつの進歩ではないかとも思います。
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