カモネギFX

株式投資、FXデイトレード、古書収集などをド田舎で行っている資産運用ブログです。

2013年12月

紅楼夢と資産運用 その14

「いや、でもオイル漏れしてるし、エアコンもちょうど壊れたんで、来年の夏とか走るの無理でしょう」


「でも外観もきれいだし、まだ走りますよね。車検が一年以上あるし。夏は窓開けたらいいじゃないですか(笑)」


「はあ」


「廃車にしなくても1万円でよかったら買いますよ」


「えっ」


廃車費用がかからないどころか1万円もらえるということで、ラッキーと思いつつ、保険をかける車を変更するために当時自動車保険に入っていた三井住友の代理店のおじさんのところに向かいました。(当時はまだ格安のSBI損保ではなかったのです)


「……というわけで、廃車にしなくてすみましたよ」


「へえ、あの車?ちょっと見せてよ」


と、こちらのおじさんも私のポンコツ車をガサガサと点検し始めました。


「???」

紅楼夢と資産運用 その13

以下、しょうもないエピソードですが、今回のテーマには多少参考になるところもあるかと思ったので、取り上げさせて頂きます。


中国から日本に帰ってきて働き始めたときに、田舎なので車がいるということで、初期型のワゴンRを買いました。


お金ないし、とりあえず走ればいいかということで。


しばらくは順調に走っていたのですが、三年くらい経ったころ、古いだけあってオイル漏れしだしました。


もう寿命だろうかという思い、お金の余裕もできつつあったので、車を買い替えることにしました。


初期型のワゴンRというと今はさすがにこのど田舎でも公道で見ることはほとんどないですが、当時でもかなり古かったです。


「こりゃもう廃車だな……」


と思い、「廃車OK!」みたいな看板出している中古車屋にワゴンRを持っていきました。


そして廃車にしたいむねを対応してくれたおにーさんに伝えました。すると、


「ああっ、でもこれ車検一年以上ありますねえ。廃車にしなくても、まだ乗る人いると思いますよ」


とガザガザあちこちを点検し始めました。


「???」

紅楼夢と資産運用 その12

もっともビジネスセンスがスバ抜けている人はこの罠には陥らないようです。


ホリエモンが全盛期の頃、「自分の収入は将来どうなるか分からないから、ヒルズのような賃貸でいいんだ」と言っているようなインタビュー記事を読んだことがあります。


監獄に入った経験さえ商売の種にしてしまうような人ですから、そんな心配しなくてもといった感じはありますが、センスのある人にはますますお金が集まる一方、それがない人は足りないお金をさらに失ってしまうという方向に向かうようです。


それともう一人、浮き沈みの激しい漫画業界で本宮ひろし氏というと、古くは『男一匹ガキ大将』、少し前には『サラリーマン金太郎』などなど、不沈艦のようにヒット作を出し続けているベストセラー作家です。


天然まんが家 (集英社文庫)
本宮 ひろ志
集英社
2003-01-17





その自伝的著作の中で、興味深いエピソードを見つけました。


氏は『男一匹ガキ大将』がヒットした際に貯まったお金で新宿区に十部屋ほどの学生アパートを有り金をはたいて買ったそうです。


けげんそうな顔をする妻に本宮氏はこう言いました。


「俺は、もう一生マンガを描けないかもしれない。自分のうちなんか六畳一間ありゃあいい」(p.169)


これは自宅が本質的には消費に属する資産であることを理解していてはじめて出てくる言葉です。


『サラリーマン金太郎』のTVドラマ化のために、個人で営業マンを雇ってTV局に営業かけたという話も載っており、漫画家としては異色のビジネスセンスを持っていたことが分かります。

紅楼夢と資産運用 その11

湯水のようにお金を消費する豪邸がいかに恐ろしいものであるかは、『紅楼夢』や現代の様々な著名人の例を見ることによってよく分かります。


持っているだけですさまじい維持費がかかるだけでなく、その価格と維持費の高さゆえに売ろうにも売れない。


では逆の場合、豪邸の対極にあるような粗末な住居はどうでしょうか?


実はこれが自宅用としては良い投資対象になるのではないかと思うようになりました。


どういうことか?


大体自宅用の不動産を買う場合、多くの人は一生に一度の買い物だからということで、少し無理したものを買ってしまいがちです。


そもそもこれが間違っている。


確かに持ち家は資産だといえますが、栄国府の例を見ても分かるように、自宅は同時に消費的な性質をも持ち合わせています。


つまり、購入した自宅のランクに合わせて、自分の消費レベルも決まってしまうということを表しています。


買ってしまった後で、万が一、収入が減ってしまってもそれにあわせて消費レベルを下げることなんてできない。


大富豪でなくても、普通のサラリーマンでもこの罠にはまってしまう人は多いと思います。

紅楼夢と資産運用 その10

古代中国の詩人たちは、大昔のことを詩の題材としているようで、その実、自分が生きている現代の政治や権力者などにあてこすって、諷刺していました。


古典の史実をもって現代の現象を透視するということをやっていたのです。


歴史は発展するだけでなく、循環するものでもあるので、それは預言者のように結構当たったりします。


豪邸によって破滅に導かれていくという『紅楼夢』の世界の話をもって、現代の豪邸事情を解釈することも同じようにできます。


さて、現代の日本に目を転じると、バブル期の名物アナウンサーで故逸見正孝さんが建てた豪邸にそのご子息は随分と苦労させられているようです。


http://p.tl/Y9gf


今の若い人は知らないでしょうが、バブル期の逸見正孝さんというとテレビに出まくりだったので、全盛期の収入は相当なものだったと思います。


それを見込んで豪邸を建てたのですが、ほとんどその直後に癌でなくなってしまいました。


不幸だったのは、時期的にバブルの天井だったことと自身の将来的な収入を当てにして豪邸を建ててしまったことでしょう。


栄華は長くは続かず。


全盛期の収入を当てにして巨額の自宅用の不動産を買ってしまうと、期せずして支出が収入を上回る逆ザヤの状態に陥ってしまうことがあります。


支出が収入を上回る逆ザヤの状態を望んでつくる人はいません。


思うに『紅楼夢』の舞台となる栄国邸や寧国邸も最初から支出が収入を上回る逆ザヤの状態だったわけではなく、開国の功臣だった先祖から100年くらいの時間が経つうちに徐々にそれが進行していったのです。


支出が収入を上回る逆ザヤの状態を一時でも作らず、収入の変化に応じて、支出を柔軟に変化させられること。


これが資産運用の大原則の一つです。

紅楼夢と資産運用 その9

中国古典小説の話なんて現代には役に立つわけないじゃんと思う人も多いでしょうが、歴史は繰り返すので、規模と程度の違いはあっても世界中で似たような現象が見られます。


一昔前のバスケットボールのスーパースター、マイケルジョーダンの自宅が売りに出されているようです。


http://p.tl/jMGw


2012年から29億円で売りに出していたのが、買い手がつかず、21億円に値下げしたとかなんとか。


売却理由は金銭的な理由ではないということらしいですが、こんなテーマパーク並みの大豪邸は何もしなくてもただ持っているだけで莫大な経費がかかります。


ジョーダンだって、もし維持費がただなら、意匠を凝らして作った自宅を売却したりしようとはしないはずです。


お金をブラックホールのように吸い取る豪邸、その本質的な性格が根本にはあります。


だから贅沢を尽くして建築したはいいけれど、売ろうにも売れない。


しかし持っているとどんどんお金を吸い取られていく。


まるで悪魔のような存在です。

紅楼夢と資産運用 その8





資産運用の名著『バビロンの大富豪』では自分の住居を購入することを有益な投資の一つと言っています。


金持ち父さん貧乏父さん
ロバート キヨサキ
筑摩書房
2000-11-09





一方、投資ブームの火付け役となった『金持ち父さん』では、自宅は資産ではなく負債であると言っています。


どちらの言っていることが正しいのでしょうか?


紅楼夢に出てくる栄国府の状態を見るとよく分かるのですが、答えは、どちらのパターンもありうる、です。


身の丈にあった住居を持つ場合は、自分自身に対して不動産投資を行っているのと同じような状態になります。


つまり本来支払わなければいけない家賃を支払わなくてもすむ、現金の入りはなくても支出がなくなるので、収支的にはプラスに働き、『バビロンの大富豪』で語られるように有益な投資の一つになります。


一方、栄国府のような大豪邸というのは、莫大な維持費がかかるので、人に貸せるのなら収入となり、資産になるでしょうが、自分で住むのなら膨大な支払いを行わなければならなくなり、負債を背負っているのと同じような状態になります。


これがいわゆる金持ち父さんの自宅負債論です。


ところで栄国府のような大豪邸を借りたい、あるいは買いたいという人ってどれくらいいるでしょうか?


こういう大豪邸は所有した時点で極めて危険な状態に陥ります。

紅楼夢と資産運用 その7

紅楼夢第72話で、賈璉という風流貴公子が一族の最長老、賈母の骨董品をその侍女、鴛鴦に掛け合って、質草として持ち出そうとするシーンがあります。


賈璉曰く、いろいろな祝儀が重なって、荘園から次の収入が入ってくるまでどうしても資金のやりくりがつかないと。


うーん、古代も現代もあんまり人間社会の構造は変わっていないのかもしれません。


それにしても収入の高い人ほど借金まみれというのは、結構ある現象のようです。私自身は低収入で信用力ゼロなので、借金とは無縁の生活ですが、借金ブログなんかを見ると、社会的地位も収入も高い人が結構います。


お金に貴賎なしですが、借金にも貴賎なしです。


逆から見ると、どんなに収入が少なくても、「収入と予算の範囲内で生活し、余剰資金を投資に回す」という資産運用の大原則を守り続けることができたなら、そのスケール自体は本質的な問題にはならないのかもしれません。


なぜなら、堅実な投資には複利の法則が働き、「親が子を生み、子が孫を育てる、そのあとには孫が友達と彼女を勝手につれてくる」といったオートマティックな現象が起こるからです。


『紅楼夢』に描かれた超一流貴族の崩壊の過程を見るつけても、収入が少ないからという理由だけで人生をあきらめてしまうのは非常に早計であるということを実感します。

紅楼夢と資産運用 その6

資産運用の名著『バビロンの大富豪』には五つの黄金法則が書かれています。





その第一、第二法則としてあるのが、


「収入の範囲内で予算を立てて生活し、少なくとも収入の十分の一は使わずに、必ずお金の働き口を見つけて投資に回すように」


ということでした。この文章を最初読んだときには


「何を当たり前のことを書いているんだ。収入の範囲内で生活しない人なんているわけないし、それに少ない収入の内から十分の一を天引きして投資しても、全然たいした金額にならないんじゃないの?」


と思ったのですが、今『紅楼夢』において栄国府の崩壊の過程をつぶさに見せられると、原理原則というものがいかに重力のように不変で絶対的なものであるかが分かります。


「収入の範囲内で生活する」


当たり前のことのようにも思われますが、意外とできていない人が多い原則でもあります。

紅楼夢と資産運用 その5

豪邸にはそれにふさわしい高価な珍しい調度品があるものです。紅楼夢の世界にも珍しい骨董品の類がいろいろと登場します。


また、豪邸を気持ちよく維持していくにはそれにふさわしいだけの数と質の使用人が必要です。


紅楼夢第3話で母を亡くしたメインヒロインの一人、林黛玉が栄国府に引き取られて初めて入っていく際に、彼女はこの館の侍女の服装や立ち振る舞いがあまりにも他家と違って良いことに驚きます。


広大な敷地に豪奢な建築物、珍しい骨董品に膨大な数のきらびやかな侍女たち、栄国府が底なし沼のようにお金を吸い込んでいく場所であったことは想像に堅くありません。


紅楼夢第2話で冷子興という人物が、栄国府と寧国府の概況を解説してくれますが、そのときにこう言っています。


「主従ともに富貴安楽の上に胡坐をかいて、少しも計画的に物事を計ることのできる者がおらず、日々の費用を切り詰めることができない」


「外観の構えはまだ倒れそうにないが、内実はもうすっからかんになりかけている」


つまり支出が収入を上回っている逆ザヤの状態です。

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