カモネギFX

株式投資、FXデイトレード、古書収集などをド田舎で行っている資産運用ブログです。

2014年10月

運命を変えるミニ株投資 その1

タイトルは多少大げさなようですが、実は全然おおげさではないと思っています。


ミニ株投資を今後の投資戦略の核にしたいと思います。


証券口座開いて、株式投資を始めて7年ほどになります。


人には言えないようなアホなことを散々やりましたが、今思うことは、株式投資において資金量というのは一番重要な要素ではありません。


例え一億円持っていたとしても、震災前に東京電力の株を一本買いしていたら、現状なら五分の一にまで減らしてしまっています。


アベノミクスも空気のようなものです。


またバブル期にNTTの株を一億円買っていたら、25年持っていたとしても資金を四分の一程度にまで減らしてしまっています。


安定企業に成長無しといった感じです。


一方、ファーストリテイリングの株を1998年前後の底値圏で買っていれば、今日までで100倍くらいになっていて、つまり100万円しか投資してなくても1億円くらいになっています。


上記のような例は極端にすぎる話ですが、例えるならば資金というのは意思を持たない兵隊のようなもので、ボンクラ将軍やヘボ軍師に率いられると、バタバタと死んでしまうことが分かります。


つまり私たち自身がボンクラ将軍やヘボ軍師であったなら、いくら兵隊(お金)を持たせてもらっても、無駄死にさせてしまうということになります。


ではどうやってボンクラ将軍やヘボ軍師にならないようにすればいいのでしょうか?

NISA口座開きました

遅ればせながら、NISA口座を開設しました。


自分の場合、購入した株式を担保に高金利通貨のスワップ運用をしたい。


NISA口座で購入した株式を代用有価証券として使うことはできないので、日本株は通常の口座で購入するか……。


とすると、内藤証券でNISA口座を開いて、中国株を買って、配当を無税するくらいかなあと思っていたのですが、今回投資戦略の大きな変更があって、SBI証券でNISA口座を開設することにしました。


(でももう少し調べてみると、マネックス証券で開いたほうが良かったようです)


制度の欠陥がいろいろと指摘されるNISAですが、あるものは使った方がいいのは確かです。


デイトレ、スイング派にはほとんど役に立たない制度でしょうが、長期投資派の自分にとってはそれなりに使い道もあります。


さて、今回の大きな投資戦略の変更とは?

道楽起業家、袁枚の豪奢な庭園生活 その11

例えばの話ですが、東京ディズニーランドを貸切で遊んでしまえば、湯水のようにお金を消費してしまうでしょうが、それを経営して、客の一人として混じって毎日遊んだとしても、いくらも浪費できないどころか、逆に毎日お金が儲かってしょうがないことでしょう。


スケールの違いはあっても、袁枚がやっていたのはこのような類のことだったのではないかと思います。


道楽や趣味で自分が浪費する以上に、他人に浪費させる。


他人が浪費した分は、自分の収入となるビジネスになる。


随園という風光明媚なテーマパークの経営者である袁枚は、自分が詩文に耽溺する以上に多くの人々にその禁断の果実をかじらせました。


庭園も美食もその中の道具仕立てのひとつ。


文献資料からは伺えませんが、袁枚のことですから、愛妾たちも健康的に働かせていたのではないかと思います。


袁枚はその生涯で道楽の限りを尽くしながらも、死去するときには膨大な田畑などの不動産と銀を残していました。


袁枚の事例から学べることは、ただの道楽にしか見えない趣味でも他人にその禁断の果実をかじらせることによって収入を得られるビジネスに昇華できるということです。


彼のような事例は、ヤクザな趣味を持ってしまった人間にとっては希望の光です。


今後機会があれば、大きな一つのテーマとして本格的に研究したいと思う文人の一人です。

道楽起業家、袁枚の豪奢な庭園生活 その10

ぜいたくと言ってもその性質は様々で、袁枚が生まれる少し前に書かれた井原西鶴の『日本永代蔵』に記された贅沢で破産する町人の姿と袁枚のそれはかなり異なっています。


例えば、遊女に入れあげて湯水のようにお金を浪費するというのではなく、袁枚の場合は使ったお金が何かしらの形で自分の元へ循環して返ってくる投資やビジネスのように見えます。


著名な詩人が優美な庭園で美食に舌鼓ながら、数多くの愛妾や女弟子を従えている。


とは、一種の桃源郷のようなもの。


身分の高下を問わず、当時の人は皆一度は随園で接待されたいと思っていたとかなんとか。


実際随園には多くの文人や友人が招かれ、詩文の応酬も活発に行われましたが、これがさらなる文学作品の量産に貢献します。


表面上は浪費に見えて、その実、自分のビジネスである文筆業を強化するものにお金を投資していたと言えます。


大量の書籍を買ってもそれはただの道楽ではなく、袁枚の場合はメーカーが工作機械を買う設備投資のようなもの。


全国各地に観光旅行に行っても、ただの物見遊山に終わらず、現地で詩文の制作を怠らないため、出張工事でお金を取ってきているようなものです。


道楽と浪費と投資が渾然一体となりながら、なお富を増やし続けていくというサイクルを作る経済的思考力を持った稀有な文人であったと袁枚は言えます。

道楽起業家、袁枚の豪奢な庭園生活 その9

荒れ果てた南京の庭園を買い取り、『随園』と名づけて生涯その改修に励んだ袁枚。


ただの道楽に見えたこの改修作業も袁枚の優れた経済感覚から、決して浪費の類にはなりませんでした。


袁枚は随園に外壁を設置することをせず、人の居住地域以外は自由に外部の人が出入りできるようにしておきました。


否が応にも随園の名声は高まります。


それだけでなく警備の人員を置いていたわけでもないのに袁枚は盗難に会ったことがなかったそうですが、これは見物客が勝手に警備員の役割を果たしてくれていたものではないかと想像します。


まさに一石二鳥。


また随園の周辺の山林や田畑、池などを購入し、十三戸の人々に貸し与えて、地代を受け取るだけでなく、そこから得られる食料品も受け取っていました。


新鮮な肉や豆腐は外部に買いに行く必要があるけれど、それ以外は、ほぼ自給自足。


どんなに美食を尽くそうともお金が出ていくことはありません。


経済観念の異常に発達した文人であったと袁枚は言えます。
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