カモネギFX

株式投資、FXデイトレード、古書収集などをド田舎で行っている資産運用ブログです。

2015年04月

ポートフォリオ固まる その1

「もうポートフォリオ固まったので、後は放置プレイします」と2年くらい前の記事に書いたような記憶がありますが、そのときと比べると、かなりポートフォリオが変化しています。


最近かなりの銘柄の入れ替えを行ったのが主な原因ですが、さすがに今後大きな入れ替えはなさそうに思います。


多分10年くらいは。


多少の入れ替えとコツコツと買い足していく分はあっても、今のポートフォリオの八割方は10年後も面影が残っていそうです。


つまりこれで一勝負しようかという体制が整いました。


そもそもポートフォリオを組み替えたのもちょっと予期せぬ最近の市況の変化が原因です。


例えるならば、勝手にドアが開いたので、入ってみたという感じ。


日経平均は値を飛ばして2万円を超えてきましたが、その間、自分が今から注力しようとしている企業群は落とし穴に落ちたかのように値を下げました。


理由はよく分かりませんが、気がついたときには随分と所有銘柄が入れ替わっていました。

最近まで気づかなかったこと その2

株式投資を始めた当初は、丁半コロコロのような博打投資だったのが、手痛い失敗を重ねて、2011年頃には能力相当の分散投資に変わりました。


当時は高配当銘柄や日経225銘柄、それに各種インデックスファンドというポートフォリオ構成でした。


今から思えば随分とおとなしいポートフォリオですが、時間が経つにつれて株価も上昇し、「株式投資はやはり博打ではない」という自信を深めるようになりました。


その後、より高いリターンを求めて、2013年頃には中国株や国内新興企業株に投資対象を移していきました。


今では、外国株は中国株だけでなくロシア株も所有するようになり、また新興企業株はIPO直後のようなミニマム企業の株式も新たにポートフォリオに加わっています。


国内の新興企業株式と海外の発展途上国株式に投資するという自分のスタンスが固まりつつあります。


さて、過去記事を検索してみると、クックパッドを約2年くらい前に購入していて、当時のPERは60倍を超えていたようです。


今クックパッドの株価は自分の買値から2倍以上になりましたが、PERは120倍にはなったわけではなく、逆に若干低下して55倍程度です。


結局、クックパッドのビジネススケールが拡大したので、こういう結果になったわけですが、当時はかなり疑心暗鬼でした。


「こんな高PER銘柄買って本当に大丈夫かなあ」


と。


PERは現在時点の利益から株価の割安割高を判断するので、低PERというのは、それだけで安心感があります。


ただ、みんなと一緒に安心していては、資金力に乏しいワープア投資家はいつまでたっても貧しいままだろうということで、今後も逆張り的発想で高PER銘柄を追いかけていくことになりそうです。


もちろん高PER銘柄で失敗というケースも多々経験しているのですが、「高PERだから割高だ」という先入観がきれいさっぱりなくなったのは今後の投資に役立つと思います。

最近まで気づかなかったこと その1

株式投資にある程度慣れた人にとっては常識的なことでありながら、最近まではっきりと気づかなかったことがあります。


もっとも私もいろいろな本でそのことは読んでいたので、おぼろげながら知ってはいました。


しかし、本で読んで知識として知っているのと、その身で体験して技術にまで昇華されているのとでは全然違います。


と考えると、今の子供たちはとてつもなく有利な環境にありますね。小学生の頃から、ミニ株投資などで経験を積めば、成人する頃には今の私よりも経験豊富な投資家になっているわけです。


村上ファンドの村上さんのwikiを見ると、小学生の頃から株取引を始めていたと書いてあります。


こんなことは昔は富裕層の家庭の子供しかできなかったでしょうが、今なら一般家庭の子供でもミニ株取引で同じような経験ができます。


いい大学に入れるためにお金を払って塾に通わせるよりも、ミニ株であっても利益を出すことを教えた方がお金に困らない人生を送れるようになる。


さらに一歩進んで塾に通わせる月謝で株式投資をやらせてみようと考える親はまだほとんどいないと思いますが、そういう両親の元に生まれた子供の未来はバラ色でしょう。


株式投資の技術って死ぬ瞬間まで使えますからね。


一方、いい大学を出るためにかかるコストは今の時代全く割りに合わなくなってきていると思います。もうグーグル大学やyoutube専門学校で十分じゃないかと。


トマ・ピケティ氏の講義が無料で受けられるのに、三流教授の授業を受けるためにわざわざ授業料を支払い、実家を離れてアパートを借りて、家賃を支払う必要がありますかね?


https://www.youtube.com/watch?v=MupMmuYJ0hk


さて、そんなよもやま話は置いておいて、最近まではっきりと気づかなかったこととは何か?


最近、自分のポートフォリオを眺めていてようやくはっきりと認識するに至ったことは、小型企業の方が明らかに株価の上昇率が大きいことです。


つまり小さな企業の方が事業成長のスピードが速いということになります。

株式損益の確定申告 その2

3年間損失を繰越できるとなると、かなり大胆なポートフォリオの変更ができます。


伸びる企業と伸びない企業では、その差は特急列車と各駅停車の鈍行以上にあるので、乗り換えするなら早ければ早いほどいいです。


それと同時にポートフォリオはなるべく変更しないほうがいい。





初期の頃、大分参考にした書籍ですが、米国の事例で興味深い話が述べられています。


S&P500の当初(1957年)採用銘柄のリターンは、更新を繰り返す実際のS&P500のリターンを上回り、しかも、リスクが低い。(p.27)


詳細は書籍の方にゆずりますが、日本でもITバブルの頃に日経225銘柄の入れ替えがあったあとに、採用銘柄の下落でそれまでの日経平均株価との間に断絶性が認められているようです。


結局、間違いのない企業を掴めたと感じたら、生涯離さないほうがよいようです。あたかも終身雇用のように。


おまかせインデックスファンドを買うようにはいかず、最初はいろいろと失敗も犯すでしょうが、そのうち生涯所有になりそうな銘柄もポツポツでてきます。


私の場合だと、ソフトバンクやテンセントなんかもっとたくさん買っておけばよかったと思いますが、今更思ってももう後の祭りの感があります。


せめて今からできることは「いつまでも売らない」ということだけ。


こうして少しずつ不動の銘柄がポートフォリオに増えていけば、あたかも年代もののワインのように熟成されていきます。


更新を繰り返し、かつ手数料のかかる市販のインデックスファンドのリターンはおそらく上回るんじゃないかと思っています。

株式損益の確定申告 その1

今年も確定申告に行ってきましたが、今回は初めて株式の損失の繰越を行いました。


ある程度の期間株式を所有してみて、良い企業だと思ったものは持ち続け、逆にあまり関心しないニュースが出てきたり、何も革新的なことを行わない保守的な企業だと感じたら、売却するようにしています。


となると、普通の人が陥りがちな「含み益のある株式を売却して、含み損のある塩漬け株ばかり残る」というパターンには必ずしもなりません。


確定損失の方が大きくなることも多いです。


ただ、実際のところは利益の出る銘柄と損失の出る銘柄を組み合わせてなるべく支払う税金が少なくなるようにやりくりしてきたのですが、昨年は若干マイナスになりました。


今年の配当分くらいで相殺されるだろうと思っていたのですが、実際に昨年の損失を繰り越してみると、わずか-7000円程度で、拍子抜けしました。


複数の口座で株式を所有していると、結構配当を受け取っていたことを忘れてしまうようです。


それはさておき、株式投資を始めて8年目、FX取引を始めて7年目になりますが、確定申告による損失の繰越はもっと早くやっておくべきだったと感じます。


損をしたときには二度と投資なんてしない、相場には手を出さないと思うのですが、長期的な視点でみると、多くの人がリターンを得る可能性が高いです。


とりわけ株式投資の場合には。


自分の場合でも損失の繰越をしていたら、かなり払わなくてもよかった税金があります。


ビギナーかつ意気消沈しているので、そこまで気が回らなかったわけです。


また損失の繰越だけに確定申告するのは、面倒くさいし恥ずかしいみたいな先入観もありました。


確定申告なんて、書類を持って税務署に持っていけば、多少待ち時間はありますが、処理自体はあちらで全部やってくれて、簡単極まりないものです。


「株式やFXで損した」なんて人は珍しくもなんともないでしょうから、税務署員も何も思っていません。魚をさばくように処理してくれるでしょう。


確定申告による損失の繰越はぜひともやっておくべきです。


これで投資戦略の幅がかなり広まります。

株式投資と戦国大名 その7

今ファーストリテイリングはSPA(アパレル製造小売)で世界第四位のところまできているようです。


もちろん柳井さんの目指すところは世界第一位のSPAになることでしょう。


時代は変われど、天下統一を目指した織田信長とその高い志は同じようなものだといえます。


つまり、透かし絵のように現代の企業と戦国時代の大名を重ね合わせてみると、その実態も実に似通っている可能性があります。


例えば、織田家が新興勢力のときには、全国的には織田信長の名前が知られているくらいで、その家臣にどのような人物がいるかまで知っている人はほとんどいなかったことだろうと思います。


同じようにファーストリテイリングが急速に成り上がってきた現時点では、社内にどのような人材がいるかは世間的には全く知られてなくて、ただのワンマン経営のように見えても不思議ではありません。


しかし、あれだけの急成長を遂げた企業が社長個人のワンマン体制で成り立っていると考えるのはかなり不自然で、現時点でも後々には戦国時代の百万石クラスの大名となる人材がひしめきあっていると考えるほうが自然です。


もしかしたら、前傾のインタビュー記事に登場した潘寧氏もその中の一人かもしれません。


彼のファーストリテイリングでの面接体験は興味深いです。


彼(柳井氏)は私にこう質問した。あなたは10年後何をやりたいのか?私は社長になりたいと答えると、彼は怪訝な顔をした。日本では終身雇用制で社長になりたいと思うサラリーマンの人は殆どいないからだ。会社で真面目に30年、40年勤めれば、死ぬまでの保障が得られる。



彼は私が社長になりたいと聞いて、すごく感心し、じゃあうちにおいで、ここにはいっぱいチャンスがあり、あなたが社長になれるかも知れないと言ってくれた。その時、私も素直だったので、これはチャンスかも知れないと思い、入社を決めた。


戦国時代に例えると、浪人が大名家に仕官しに行って、「大名になりたい」といい、大名の方でも「そうか、君も大名になれるかもしれないから、うちに来なさい」と言っているようなものです。


古今ともに稀な会話だと思います。


その後、ファーストリテイリングに入社した潘寧氏は彼の望むような経験をすることになったようです。


ユニクロでの経験は、まるで創業しているようだった。すべてゼロから始まった。香港もゼロから始まった。台湾もゼロから始まった。大陸も社員わずか30人からいまの社員1万人の規模まで大きくした。いま中華圏での社員総数は約1.6万人で、これほどの大企業は8年前はゼロだった。これは創業ではなくて何という?私はとても充実した日々を送った。


(元記事 http://www.chinanow.jp/2014/03/01/article6477/)


ファーストリテイリングは単元株がとうとう500万円近くになってしまって、零細個人投資家には手の届かない存在になってしまいました。


ただ、私の場合、ミニ株で1株だけ持っているので、株主通信とかは届きますし、評価損益の変動も日常的に目に入ってきます。


ファーストリテイリングの行く末を知ることが、今後の株式投資にとって大いに役立つところがありそうなので、これからも見守っていきたいと思います。

株式投資と戦国大名 その6

司馬遼太郎は小説家とはいえ、ものすごい量の文献を収集して読んでいたそうで、彼が執筆しようとする分野の資料を集め始めると古本屋からその関連の書籍が消えるとまで言われました。


もっとも細川藤孝と黒田官兵衛のエピソードが史実か創作かまでは分かりませんが、作中に描かれた官兵衛の推測は確かに当たっていました。


織田家には早くから後々天下にその名を知られることになる武将が群雲のごとく満ち満ちていました。


後の加賀藩百万石の祖となる前田利家もいれば、早死にしなければどれくらいの功績を残しただろうと思われる蒲生氏郷、天下を指南できるとまで言われた名人、堀秀政などなど。


結局、織田家の中でも異能の天才である秀吉がそれらの人材を統合して、天下統一を成し遂げることになりますが、織田家自体が半ば無名のときに他国においてそれらの武将の名を知ってる人など皆無に近かったと思います。


「木下藤吉郎秀吉……。はあ?」


秀吉の名が全国的なものになったのもおそらく明智光秀を討ったくらいところで、それまでは世間的には織田家の有力家臣の一人というくらいの認識ではなかったかと思います。


ましてや『播磨灘物語』の中で、細川藤孝と黒田官兵衛がこれこれ密談したとかいうときの、織田家が美濃、尾張の二カ国をやっと収めた段階では無名も無名、二人とも秀吉の名など聞いたこともなかったかもしれません。


しかし、官兵衛はおそらく織田家には秀吉のような人間がいるに違いないと見た。


と、ここまで考えたところで現代に目を転じてみましょう。

株式投資と戦国大名 その5

黒田官兵衛が縁もゆかりない織田信長を足利将軍家再興の後見人として細川藤孝に推薦した理由とは?


それは織田家の人材登用が徹底した実力主義で他国に例を見ないものだったからです。


官兵衛が言うには、領国が乱れて衰退した大名はことごとく門閥主義で、重臣はみな血縁地縁で繋がっている人々で固められており、結局門閥のために滅びたといっても過言ではない。


それとは違い、全国に名を知られた大名なら皆積極的な人材登用を行っているが、なかでも織田家のそれは他国に類を見ないほど、凄まじいものである。


例えば、滝川一益などは、近江伊賀の生まれで、尾張に流れていったときには、ただの浪人に過ぎなかった。その分限から今は家老にまでなっている。


奇跡のようではないか。


と。


そして、そこから官兵衛は推測します。


常識外れの実力主義的人材登用を行っている織田家には、例え織田信長が万一急死するようなことがあっても、その事業を継承できる人物がおそらく幾人もいるに違いない。


ゆえに大名の個人的な才能でもっている国ではなく、織田家と結んでおくことが必要なのである。


と。

株式投資と戦国大名 その4

昨年のNHKの大河ドラマは黒田官兵衛がモチーフになってました。


NHKの大河ドラマだと「いくさは嫌にござります」みたいな現代風テイストになってしまって、歴史上の人物がいかにすごいことをやったのかが曖昧になってしまうので、あまり関心がわきません。


まあそれでも昨年はたまに見ていました。





一方、こちらは黒田官兵衛をモチーフにした司馬遼太郎の小説です。


作中に、播州の小大名の家老に過ぎなかった黒田官兵衛が足利家の幕臣の細川藤孝に出会う場面があります。


足利義昭、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕えて、肥後熊本藩54万石の祖となった細川藤孝の器量は尋常なものではありません。


普通の人物なら、このどこかで主君の没落とともに塵あくたとなってしまっているはずです。


ちなみに元総理の細川護熙氏はその子孫ですから、現代に至ってもなおその栄華を保っているといえるかもしれません。やはり尋常ではない。


さて、『播磨灘物語』の中に、小説とはいえ、印象的なシーンがあります。


直感的に黒田官兵衛の才幹を感じ取った細川藤孝は、足利義昭が以後どの大名を頼りにすればよいかと尋ねます。


官兵衛は即答します。


「織田家がよかろう」と。


当時織田家は、ようやく尾張、美濃を平定したところの新興勢力といったところで、全国の大名に比べてそれほど際立った存在ではありませんでした。


世間的なイメージはちょっと慌しく動き回っている成り上がりといった感じ。


では、当時中国地方の小大名の家老に過ぎなかった黒田官兵衛が縁もゆかりない織田氏を推薦したのはなぜだったのでしょうか?
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