カモネギFX

株式投資、FXデイトレード、古書収集などをド田舎で行っている資産運用ブログです。

2015年06月

最近100年、値上がりしたもの、値下がりしたもの その3

10年とか20年の期間ではなく、100年くらいの超長期で見た場合、株式と不動産の値上がり、逆に貨幣価値の下落は尋常なものではありませんでした。


この事実に基づくと、基本的な財産戦略は「お金を手に入れたなら、即座に株式か不動産に交換してしまえ」ということになります。


さらにこの考えを推し進めて、「お金が無いなら、借金してでも不動産を買いなさい」という発想を提唱した邱永漢先生のような方もいました。


もっとも不動産を買うにあたって、邱永漢先生は一つの但し書きをつけました。それは、


「収入のある不動産を買うこと」


です。邱永漢先生は数々の不動産投資を手がけられたそうですが、更地を買ってその土地の値上がりを待つというようなことは一度もしたことがないとその著作の中で語っています。


つまり、定期的な賃貸収入があれば、たとえ借金しても金利や元本の支払いも滞りなくできるため、市況や流動性に関係なく、まさしく「不動」の財「産」として持ち続けられるために、「借金してでも不動産を買いなさい」というアドバイスをその著書の中で繰り返し述べたのでした。


となると、逆にやってはいけないことは、


「収入のない不動産を買うこと」


になります。これは私の場合、身近に痛い失敗例があります。

最近100年、値上がりしたもの、値下がりしたもの その2

日本の最近100年くらいの歴史の中で、とんでもなく値上がりしていたものとは?


別に教えてもらわなくても大抵の人は気づくでしょうが、それは株式と不動産です。


株式の中でもどういう企業の株価が上がったとか、どの地域の不動産の値上がりが激しかったとかの個別の現象はあると思いますが、カテゴリーでみると、この二つの値上がりは尋常なものではありませんでした。


一方、価値の下落の著しく激しかったものとは?


これも大抵の人は言われなくても分かることでしょうが、お金、いわゆる通貨です。


一番ひどかったのは、敗戦直後のハイパーインフレですが、1945年10月から1949年4月までのわずか3年6か月の間に消費者物価指数は約100倍となったそうです。


つまり日本政府は敗戦に伴う各種支出を円滑に終えるために国民のお金をインフレによって没収してしまったわけです。


それ以外にもwikiの記載を見ると、天災や戦争が起こるにつけて、インフレになってきた日本の歴史が分かります。


この状況を鑑みるに、大局的な戦略としては、お金を手に入れたら、ナフタリンのように溶けてしまう前に、せっせと株式か不動産に変えてしまえということになります。


この考えをさらに推し進めたのが、価値の目減りするお金を借りてきて、値上がりする不動産を買えという、邱永漢先生の著書で幾度となく説かれる発想です。


ただ不動産を買う場合には一つ注意事項があります。

最近100年、値上がりしたもの、値下がりしたもの その1

株式投資を始めた当初は、ありきたりな投資書籍を読んでいたのですが、そういうものは何冊か読んでしまうとどれもこれも似たようなことしか書いていないということに気づきます。


そこで、もっと大きな時代の流れを掴んで、それに乗るような投資をしたいと思い、最近はPERとかPBRとかいった内容の本ではなく、過去の歴史をいろいろと調べ始めました。


するとここ100年くらいの日本に起こったことすら、あまりよく知らないということに気づきました。


バブルと言えば、今の私たちには昭和平成の頃のことを指すのが一般的ですが、大正時代にも大正バブルというものがあったこと。


戦後の預金封鎖や財産税の導入によって、資産家や金持ちの財産がほとんど没収されたこと。


戦後の高度経済成長期の前後では人々の生活様式が一変したこと。


等等。


別にその時代に生きていなくても、書籍を読めば詳しい様子が非常によく分かります。また小説などは単なる虚構の作り話であることは実はかなり少なく、著者の実体験を赤裸々に書いていることも非常に多いため、そういうものを読んでも過去の歴史を知ることができます。


例えば、近年漫画『三丁目の夕日』が映画化されてヒットしましたが、高度経済成長期を迎える前の日本は今とは一つの別世界であったため、何気ない日常を描くだけで、物語として成立したのでしょう。


つまり過去の歴史を知るヒントはかなり身近なところにあります。


そして大きな歴史の流れを知れば、何に投資するべきかが明確になります。


ではここ100年で値上がりしたもの、値下がりしたものにはどういうものがあったのでしょうか?

過去の歴史に興味を持ちました

明治時代とか昭和前期の戦前なんかは今と全然違う時代だろうと以前はなんとなく思っていました。


しかし、最近どうも戦前だけでなく江戸時代ですらも今とそれほど変わった世界ではなく、かなり連続した物語なのではないかと思い始めています。


もちろん変わったところもあるけれど、それと同じくらい変わらなかったところも多い。

「戦前」という時代
山本 夏彦
文藝春秋
1987-10









世間に流布されている戦前の話は嘘っぱちだらけだという話が聞ける本です。


あの戦争中だって、末期にいたるまでは今と変わらずみんなそれなりに楽しく暮らしていたのに、いつの間にか戦前が暗黒時代だったかのように世間に流布されるようになってしまったとボヤいています。


つまり今も昔もそんなに人間の生活や社会が変わっていないということになると、ここ100年200年の歴史を振り返ってみると、投資のヒントがあちこちに散らばっていそうです。


過去に起こったことは現代にも起こるし、また未来にも起こる。


そういう視点で過去の歴史の勉強を始めました。

銀貨でボロ儲けした幕末の外国人たち その8

ヤフオクでたまたま安政一分銀を購入したところから、幕末の金流出事件を詳しく調べることになったわけですが、外国人たちが大儲けした話は、150年以上前の出来事でありながら、少しも古臭くない話のように感じました。


外国からの圧迫によって、一時的に異常な銀高になったために、それによって利益を得る層と損失を被る層が出てきたわけですが、現代でもよく似たような話はあります。


例えば、発展途上国に日本人が旅行に行ったときに感じるプチ金持ち感や、当地で日本人駐在員が王侯のような暮らしをできるのも各国に強制しているものではないとはいえ、円高が原因です。


幕末の外国人たちが優秀だったからボロ儲けできたわけではないし、また現代の日本人駐在員が発展途上国の社員の10倍仕事ができるから王侯のような暮らしをできるのではなく、それをもたらしたのは銀や為替レートの一時的な歪みです。


円高について言えば、発展途上国の経済発展にともなって、かの国の通貨価値が上昇するのは火を見るよりも明らかですので、今のうちからその国の株式や不動産に投資しておけば、そのギャップが埋まっていく過程でボロ儲けできます。


理論的にはものすごくシンプルな話ですが、働いて、TV見て、友達と遊んで、というだけの生活だと全く気づかないかもしれません。


どうも過去の歴史の中にお金持ちになるためのヒントが数多く隠されているように思います。

銀貨でボロ儲けした幕末の外国人たち その7

米国大使ハリスはほとんど素寒貧の状態で日本にやってきていましたが、この金銀交換比率のゆがみを利用して、散々儲けたようです。またこれは物価だけではなく、日本人の人件費も安いということにもなり、中国からつれてきた使用人よりも日本で囲った妾の法外な手当ての方が安いとかいった状態をハリスは満喫します。


外に向けてはボロ儲けし、内においては贅沢三昧をする外国人がいる一方で、物価が上昇し生活に汲々とする日本人。


外国人や幕府要人を狙った殺傷事件が起こり始めたのも、原理や理屈は分からなくとも、開国貿易が原因であることを直感的に理解した人々の行動でしょう。


結局、この混乱を収めて金の海外流出を止めるためには、金銀の交換比率を国際的な水準に合わせる必要がありますが、そのことが経済的には幕府崩壊の原因の一つとなりました。


つまりこれは小判の金含有量を3分の1にするか、一分銀の銀含有量を3倍にするかの二択になるわけですが、銀の含有量を3倍するほどの銀は日本にはなかったため、金の含有量が3分の1になった万延小判が発行されることになります。


これによって、1両は従来の3分の1の価値しかなくなり、物価は3倍にむけて急上昇することになります。物価の上昇を価格にすぐ転嫁できる商人はよいですが、それができない庶民や武士の生活は困窮します。


さらには金銀交換比率が適正なものになるということは、幕府もまた一分銀発行による莫大な利益を失うことになります。これが既に財政難に陥っていた幕府にとって経済的な致命傷となりました。


倒幕へむけて一挙に動き始めた時代の背景にはこのような経済模様がありました。

銀貨でボロ儲けした幕末の外国人たち その6

当時の日本の物価は中国の沿岸部などに比べて割安というわけではなく、逆に多少割高な状態だったようです。


しかし、日米修好通商条約を結んだことによって、外国人が日本に銀を持ち込むと、その金銀交換比率は約1:5と国際的な交換比率の3分の1になりました。


つまり、銀の購買力が3倍ということになり、日本は何でも物価の安いパラダイスのような状態になったわけです。


そこで外国人が一番手っ取りばやく儲ける方法は、銀を金と交換して、海外に持ち出すことだったのですが、以前書いたように闇レートでは銀の価値がどんどん下落していきます。


次に彼らが取った行動は、手っ取り早く中国で売りさばけそうな日本の物産を買い占めることでした。


なにせ、銀の購買力が3倍になったため、通常なら売買差益の出ないような商品でも右から左へ動かすだけで、ボロ儲けできます。


外国人の買占めによって、日本の様々な物価が急上昇し始めます。

銀貨でボロ儲けした幕末の外国人たち その5

wikiに詳細が詳しいですが、1ドル=3分と為替レートが決まったことによって、どういうことが起こったかというと、


メキシコドル銀貨4枚を日本へ持ち込む→日本で1分銀12枚に交換→それをさらに小判3枚に交換→その後、小判を海外へ持ち出せばメキシコドル銀貨12枚相当の価値が出る


と名目レート上は、3回金銀を両替するだけで、3倍の利益が出るようになったのです。実際には輸出入の経費もかかりますし、それ以外にも問題はありました。


それは日本の商人たちも一分銀が名目貨幣であり、銀の含有量が全然足りないことを知っていて、幕府の公式レートが1両=4分であっても、誰もそのレートで小判と一分銀を交換しようとするものはいなかったということです。


つまりこの時期までは、一分銀と公式レートで交換するには全く割りの合わない小判は秘匿されて、市場にはほとんど出回っていませんでした。


では、洋銀との交換を渋る幕府を恐喝して一分銀を手に入れた外国人たちはその後どうやって日本の小判を手にいれられたのか?


米国大使ハリスのように権力を持って、公式レートの1両=4分で小判を集めさせるものもいれば、それができない一般の外国商人たちはプレミア価格を上乗せすることで、小判を集めようとしました。


つまり、「1両=4分ではなく、1両=6分でどうだ!」といったふうに。


すると小判は1両6分から、7分、8分と闇レートでどんどん値上がりしていきます。


事ここにいたって、日本人も気がそぞろになってきます。それまで秘匿されて、市場に出回らなかった小判が、続々と秘密裏に横浜に持ち込まれるようになっていきました。


実は1両=9分でも国際的な金銀交換比率からすると、かなりの金安ですが、幕府が1両=4分という公式レートを敷いている日本だと、日本の商人にとっても魅力のある取引になったようです。


さて、ただ1両=9分までレートが上がってしまうと、外国人にとっては、うまみの少ない取引になってきます。そこで彼らが次に取った行動とは?

銀貨でボロ儲けした幕末の外国人たち その4

ハリスの要求に対して、幕府側では、


「あなたたちの持ってきたメキシコドルは、言うなれば銀塊のようなもの。日本は金本位制であって、一分銀はその補助通貨なのです。日本では幕府の信用力によって、銀4分が金1両と交換できるので、国際的な金価格を考慮すると、1ドル=1分というのが妥当なラインです。外国の銀塊と日本の銀を使った通貨という異なる性質のものを直接比較するのではなく、金対金の内外価格をきちんと見てください」


と押し切れれば良かったのですが、この問題を正確に理解している官僚が左遷されたりということもあって、結局ハリスの勢いにのまれて、日米修好通商条約で金銀等価交換を認めてしまいます。


これによって、1ドル=1分ではなく、1ドル=3分の為替レートが成立することになりました。現代風に言うならば、日本としては1ドル120円にしたいところが、1ドル360円になってしまったというような感じです。


「円安って日本にとっていい話ではなかったけ?」といういうのはあくまで産業を起こして輸出できる製品を持ったあとの話であって、幕末の日本では日本の物産が3分の1の価格で外国人に買い占められるという事態を起こすだけでした。


まずその矛先は小判に向けられます。
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