カモネギFX

株式投資、FXデイトレード、古書収集などをド田舎で行っている資産運用ブログです。

2016年01月

老後破産という陽炎 その12

若い時には酒など付き合いの場でしか飲まなかったのですが、おっさんになってから、家でも酒を飲むようになりました。


この変化の理由はよく分かりませんが、アルコールを取ると、血管が広がる感覚があり、寝起きなど明らかに疲労が取れている感じがあるので、少量のアルコールは健康にいいのではないかと思っています。


健康マニアの徳川家康も薬品でも飲むかのようにちびりちびりとお酒を飲んでいたとかなんとか。


私の場合、最初はビールを飲んでいたのですが、蒸留酒だと開栓後もすぐには劣化しない、つまり飲む量を調節できるので、ウイスキーを常備して飲むようになりました。


ワープアなので、ブラックニッカの4Lを買って、700mlの小瓶に漏斗で移して、二ヶ月以上かけて飲んでいます。空き缶とか出ずにペットボトル一つなので、ゴミ処理も簡単です。





さて、このブラックニッカの4Lですが、アマゾンだと今送料無料で3650円です。アマゾンの価格は変動するので、100円くらい高くなっているときもあるのですが、3650円だと、近所のドラックストアよりも30円安いんです。


田舎で激安店とかないので、普通のスーパーだと、どでかいブラックニッカの4Lなんて置いてなかったり、ずっと値段が高かったりします。


つまり3650円なら、自分が買いにいける一番安いリアル店舗よりもさらに安い。しかも配達付きで。


田舎なので、移動は常に自動車です。リアル店舗に行くにはガソリン代、つまりお金がかかります。単身者で受け取りが難しいというのでなければ、絶対に配達してもらった方が得ですよね。


では、ブラックニッカの4Lをいつもアマゾンで3650円で買っているかというと、実際にはもっと安く買っています。

老後破産という陽炎 その11

クラウドワークスの決算説明会資料では、インターネットを通じた商品の売買、すなわちEC(イーコマース)市場の取引額が1998年の650億円から、2013年の15.9兆円に拡大したと述べています。


15年で約25倍近くになったということになりますが、これは私の生活実感を振り返ってみてもそうだろうなと感じます。


1990年代後半、ネット接続が時間課金されていた頃には、時間が気になっておちおち買い物できるわけがなく、私もこの時期にネットで買い物した記憶はほとんどありません。


その後、ADSLなどの常時接続が当たり前になり始めた2000年代前半になると、結構いろいろなものをネットで買い始めた記憶があります。


おそらくEC市場が拡大し始めたのはこの時期からではないでしょうか?


それから、10年以上たった2016年の今だと、もうリアルで支払う金額よりもネットで支払う金額のほうが私の場合は大きくなっています。


私の場合、一番大きな消費(投資)は書籍代金で、ブックオフなどのリアル店舗でも買いますが、アマゾンなどのネットで買う金額のほうがはるかに大きいです。


また、多少値の張る家電製品をリアル店舗で買ったのは、もう思い出せないくらい昔の話です。最初こそリアル店舗で見て、ネットで買うというような比較作業をやってましたが、もう最近はアマゾンのレビューだけ見て買ってしまいます(笑)レビューが100以上もあったら、リアル店舗で得られる外観情報だけよりもそちらの方が参考になります。


結局、私の場合、田舎在住ということもあってか、リアル店舗のほうがネットより安かったケースが一度もなかったので、比較作業自体面倒くさくなってしまったのでした。過去、数多く購入したものの中には、リアル店舗のほうが安かったものもあったかもしれませんが、それは極一部の例外的なケースであり、トータルでは時間とお金の両方を節約できたと思っています。


さらに、最近はなんでもない食料品までもネットで買い始めたのが、自分にとっては衝撃的になっています。

老後破産という陽炎 その10

ここ30年くらいで起こった劇的な変化というとパソコンとインターネットの普及だと思います。


私がそれらを使い始めたのは、1990年代後半なので、普通の人に比べると、かなり早い時期だったと思います。


当時のインターネット接続はまだASDLもなく、プロバイダの電話番号にかけてつなぐダイヤルアップ接続で、深夜の時間帯なら選んだ電話番号への接続が定額になるテレホーダイというサービスを使ってみんな眠たい目をこすりながら、ネットサーフィンしていた時代です。


深夜時間帯を過ぎると、通常の電話料金を請求されるため、


「電話代が何万円にもなっちゃったぜ」


とかいっていた知り合いもリアルにいた時代です。


今なら動画もスイスイ再生できますが、当時は画像一つ開くのにも、じいっと身動きせず待つことも度々ありました。


当時、私が初めて買ったノートパソコンは本体だけで30万円くらいで、メモリやプリンタなどの周辺機器を合わせると40万円は超えていたような記憶があります。


今我が家はNTTのフレッツ光回線を引いていて、月額5000円くらいで常時接続ですし、今度私が買おうかと思っているパソコンは三万円台です。


(スマホよりノートパソコンの方が安いってなんか変じゃないですか?)


二十年足らず前のことですが、もう完全に別世界の感があります。費用は十分の一になったのに、利用価値は十倍になったくらいの印象があります。


さて、その間に起こったことと言うと……。

老後破産という陽炎 その9

最近は何のブログだか分からない記事ばかりですが、一応株式投資がメインのブログです。


クラウドワークス(3900)の株式を少し持っているのですが、毎度のごとく半値どころではない含み損を抱えています。


赤字上場だったので自業自得ですが、どうも今後web上のやり取りだけで完結するような仕事がどんどん増えていくのではないかと思っています。





クラウドワークスを立ち上げるまでの経緯が自叙伝風に書かれていて、web上でのお仕事マッチングサイトであるクラウドワークスの概要もよくわかります。


株式を買うついでにクラウドワークスに登録もしてみましたが、正直まだまだ人多くして仕事少なく、単価も安し、といった感じで、ほとんどの人にとってはまともな仕事になりそうな感じはありません。


株式を買うのも時期尚早だった感じがします。


ただ、クラウドワークスの決算説明動画などを見ると、その将来性には確かに説得力のあるところもあります。

老後破産という陽炎 その8

医療技術の発展は実はそれほど現代人の長寿化に貢献してなくて、それよりは栄養状態の改善とか重労働からの解放の方がインパクトがあったのではないかと最近は思っています。


なぜなら古代から100歳ぐらいまで生きる人は、現代ほどではなくてもいましたし、医療技術が発展したおかげで、100歳生きていた人が150歳まで生きられるようになったというような話は聞かないからです。


私の印象だと、古代では僧侶に長寿者が多いと感じています。徳川家康の知恵袋だった天海は数えで108歳まで生きたとされていますし、中国で古典を研究していたときに禅僧に長寿者が多くて、「100歳?一千年以上前にホンマにそんなに長生きできたんかいな?」と当時は疑問に思った記憶があります。


どうも古代から現代のような医療技術がなくとも今の最高長寿者と同じくらい生きられる人はいたようです。


つまり、今後医療技術が発展することによって、さらなる不老長寿が実現するという話は結局実現しなくて、100年後も200年後も、はたまた1000年後でさえも人間の最高長寿は100歳あたりのままかもしれません。


結局何が言いたいかというと、私が感じた雇われで働く上限は75歳あたりだろうということが、人間の寿命が150歳や200歳になったりしないのと同じように、今後も大幅に伸びたりしないのではないかということです。


では労働可能年齢が75歳よりももっと伸びるのではないかという私の妄想はどういうことかというと、既存の仕事の話ではなく、人間の最晩年まで出来るような新しい種類の仕事が今後生まれるのではないかということです。

老後破産という陽炎 その7

結局、元手がなくても労働力という無形資産があるうちは、何度でも再起が可能だということが分かります。


問題は簡単な労働もできないような高齢になったときに少ない年金しかないと窮地に追い込まれるのではないかということです。


私の場合、普通のサラリーマンから非正規のワープアに転落して、ここ数年いろいろな会社を渡り歩いているうちに底辺労働の実態をつぶさに観察する機会があったのですが、雇われで働く場合、75歳あたりが限界のように感じました。


会社や業務内容によっては75歳くらいまで働いている人を見かけることはありましたが、私の場合それ以上高齢の人が働いているのを見ることはほぼありませんでした。(1人、80歳くらいの女性がいたかも……)


おそらく私の個人的な見聞だけでなく、世間一般を見渡してもそのあたりの年齢が労働力を売れる限界ではないかと思います。


また、75歳まで働ける会社、できる仕事があったとしても当人が働ける健康状態でないといけないので、75歳まで働けるというのではなく、働ける可能性があるといった認識の方が正確です。となると、それなりに狭い門です。


一方、75歳を過ぎても働いているケースで珍しくないのは自営業や経営者でしょうか。私の住んでいるところは田舎なので農業やっている人は、80歳すぎてもバリバリ働いていますし、全然珍しくありません。


ただこれは労働力を売っているのとは違うので、死ぬまで働きたい人は、早いうちから定年もリストラもない自営業などに目星をつけておく必要があるでしょう。


さて、日本人の場合、男性でも平均寿命が80歳をこえていますから、仮に運良く75歳くらいまで働けたとしても、無計画で資産も年金も少ないという人は、それ以降窮地に陥ります。


ただ、私の今考えている妄想では、現状75歳くらいが上限になっている労働可能年齢がさらに後ろに伸びていくのではないかと思っています。

老後破産という陽炎 その6

日本人として日本で生きていくなら、「労働力」を売れば、技術が乏しくても高齢で体力がなくてもグローバル的に見れば、結構なお金を稼ぐことができます。


もちろん高い技術力や身体能力があった方がより稼げるのは確かですが、労働力不足の日本ならノースキル、高齢でもそれなりに売れる「労働力」はあるからです。


日本の衰退を煽るような記事もよく見かけますが、日本がこれだけ産業化されて仕事が満ち溢れるようになったのは、10年、20年くらいの成果ではなくてそれこそ100年以上前からの積み重ねの結果なので、今すでに成人した人にとっては無用の心配でしょう。

花神 (下巻) (新潮文庫)
司馬 遼太郎
新潮社
1976-09-01





幕末の維新新政府軍の軍事作戦を仕切った大村益次郎について描かれた小説ですが、寄り合い所帯の新政府軍の中で薩摩藩と長州藩を除いてほとんどの藩が金欠で、ものの役に立たなかったと述べられています。


ではなぜ薩摩藩や長州藩に資金力があったかという話になるのですが、これらの藩では密貿易や殖産興業を盛んにやっていて、幕末にも関わらず、今日的な意味での商工業が他藩に比べてかなり進展して豊かになっていたからです。


また下級武士が藩政の実権を握ったり、長州藩の奇兵隊に至っては、農民や商人の子弟も混じっていたりと、身分制もかなり崩れてきていました。これも現代の社会構造に近い。


幕末の藩というのは、今日的な意味での県とは全然違っていて、藩=小国家と理解した方が正確です。つまり、国が違えば、経済力の差があるのも当然と理解できます。


単純農作物の米の経済的価値なんて、時間の経過ととも低下していっているわけですから、江戸初期の頃から何もやってなければ、どんどん貧しくなっていって当然です。


おまけに「親父は家老だから、俺も家老になって当然じゃ」みたいな流動性のない体制下では誰も真剣に働こうとするわけがありません。


長州藩に生まれれば、大村益次郎のように親が村医者でも革命軍の軍配を握ったり、または土百姓の子でも奇兵隊に入って先祖代々の武士を打ち破ったりできる可能性がある一方、遅れた藩に生まれたら、そんなチャンスは皆無になるわけです。


生まれた国で全然運命が変わってしまうということです。


外国を悪くいうつもりはありませんが、例えばインドで働いても時給は嫌になるくらい安いでしょうし、今でもカーストが根強く社会にまとわりついていると聞きます。


やっぱり私たちは恵まれています。

老後破産という陽炎 その5

結局、老後の不安の本質は、「いつまでも働けない」というところにあります。


「労働力」というのが、貧乏人にとって最大の商品であるというのは、それが無形の商品であることと、「働く」という商行為が現代では余りにも一般風景化してしまったので、なかなか明確には認識しづらくなっています。


しかし、歴史をほんの少し遡れば、働こうにもろくに仕事のなかった時代があったわけですから、「労働力」の商品価値が飛躍的に高まったということは、よく歴史を観察していれば分かる事実です。


ところで、先日元猿岩石の森脇和成さんが芸能界に復帰するというニュースをネットで見かけて、「へえー」と思っていたら、何気なしに猿岩石の二人がユーラシア大陸をヒッチハイクで横断していたときのyoutubeの動画にたどり着きました。


なんとあの電波少年の企画はもう20年も前のことで、とすると今の若い人は、猿岩石自体知らなくて、有吉さんなんかはただのおもしろ司会者ぐらいにしか思ってないかもしれません。


さて、あの番組ではヒッチハイクをうたいながら、ところどころ飛行機に乗って移動していたりと、TV的な演出は多分にあったでしょうが、20年ぶりに動画で見てみると、「おやっ」と思うところがありました。


早々と最初に渡された所持金を使い果たし、着ていた服まで売り払ってしまい、ほぼ無一文になってしまった猿岩石の二人。


いくらヒッチハイクでも無一文では旅を続けられるわけないよなと思ったら、それからアルバイトを始めて、資金を稼ぐことで旅を継続し始めたんですよね。


「無一文でも労働力を売れば、旅ができるんだ……」(もっとも冷静に考えれば、不法就労ですけれど)


インドで稼ぐ金額と、ドイツで稼ぐ金額が十倍くらい違ったりとか、東欧ではなかなかアルバイトが見つからなかったりとかいったように、世界各国における「労働力」の商品市場が透けて見えます。


つまり、インドでは「労働力」が安くしか売れないが、ドイツでは高く売れる。一方、東欧では労働力の買い手自体が少ない。


働いている人間は変わらないわけですから、働く国がどんどん変わっていくことによって、労働力の売値や売れ行きが変わるのは、まさしくこれが商品の一形態であるということを認識させられます。


こういう番組を見る機会でもないと、日本が労働力を売りやすくかつそれが高く売れる恵まれた市場だということになかなか気づくことができません。


やっぱり私たちは恵まれています。

老後破産という陽炎 その4

歴史や世界を見渡せば、日本のワープアや下流老人は貧困ではない、といっても気休めにしかならないと感じる人もいるかもしれません。


「もう今苦しいんだよ!」とか。


そこで長生きすればするほど未来は明るいという私の推測を述べたいと思います。


過去の株式の超長期チャートを見れば、大雑把な未来の姿が想像できます。短期的な景気変動の波はあっても超長期では株価は常に右肩上がりで上昇していっています。つまり、10年後よりも20年後、20年後よりも30年後のほうが、豊かな社会になっていくのです。


もっとも、それくらいの期間では日本株の直近チャートのように右肩あがりになっていないケースもありますが、50年100年になれば、一目瞭然です。また、日本株のケースだと、敗戦で一度ゼロに近いところまで暴落した後で、敗戦前夜の水準に戻るのに20年程度しかかかっていません。


株式投資 長期投資で成功するための完全ガイド
ジェレミー・シーゲル
日経BP社
2006-07-13




株式、というか人間の生命力の偉大さを感じざるを得ません。


仮に戦前に日本で株式投資をしていた人は、満鉄などの海外植民地企業株に投資していた株式は紙くずになり、国内企業株式も大打撃を受けたことと思います。


しかも敗戦のつけを全国民に払わせるために、預金封鎖と最大90%にも及ぶ財産税が課税されたので、巨大な資産家は日本から一度姿を消しました。


一方で、戦後の株価の安さや不動産、骨董品の投げ売り状態は、今日からすると伝説と言えるくらいですので、戦後懲りずに再びそういうものに投資した人は瞬く間に資産家に戻ったと思います。


敗戦、資産リセットという死亡以外で考えられる最悪の事態が起こっても、結局、株式や不動産に投資する以外の道はなかったということが分かります。


現代に生きる私たちはもう敗戦や資産リセットに怯えながら投資する必要はないので、これだけでも恵まれていると言えます。


さて、過去の話は置いておいて、次回は、近い将来どういう点で今よりも生活が楽になっていそうか、妄想してみたいと思います。

老後破産という陽炎 その3

複利で計算する株式の100年200年チャートがとんでもない暴騰チャートになっているのは、株式投資の本でよく見かける話です。


実際に直近100年200年の庶民の生活水準の向上を鑑みると、あれは学説というものではなく、ただの現実なのだろうと思います。


つまり、100年200年単位の投資となると、個人では寿命が尽きて相続税のため複利運用はできないし、それ以前に短期の投機的な投資で損をしてしまう人の方が圧倒的に多いので、この現実が見えづらくなる。


しかし、たとえ株式市場に関わってなくても我々はみな先祖代々の経済成長の恩恵に預かっています。


例えば、私の父方の祖父は、農業と鍛冶屋の兼業、母方の祖父は鍛冶屋だったそうです。


今からすると、鍛冶屋なんかが職業としてなりたっていたなんてことがまず想像できないのですが、機械化が進む前、かつ国民の過半が農業に従事していた時代にはそれが成立したのでしょう。


生きていたらともに100歳以上、まあ生きているわけはありませんが、100年以上前に私も生まれていたら、祖父たちと似たような人生を歩んでいたことでしょう。


義務教育くらいは受けるかもしれませんが、それが終われば、農業に従事し、副業で鍛冶屋とかを手掛ける。生活のために早くから結婚して、子沢山で自分の時間は無し。文字はよめても書籍とは無縁の生活で、海外はおろか日本国内もほとんどいったことのない場所ばかり。


それはそれで楽しいところもある生活でしょうが、おそろしく見聞の狭い人生になったこととは思います。


それが祖父たちよりも単に100年以上後に生まれたおかげで、少子化の恩恵に預かって大学に進学。それにも飽きたらず、中国へ留学。その後、職を転々とする中年フリーターになっても特に衣食住にまで困るようなことはない。


日本全体が豊かになってなければ、ありえない現実です。


そういう歴史の流れが見えてないから、ハロワに行って、「どれもこれも薄給だな。ちっ」としか思えないわけですが、昔なら薄給以前にそもそも仕事すらなかったわけです。


邱永漢先生の本によく書いてある、「今は仕事はいくらでもあるし、食うに困らない時代になった」というのは、つまりそういうことを言っているのだと思います。
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