「なぜ株で損した記憶ばかり刷り込まれるのか?」


ということについてですが、これはやはり株式の売買の敷居がこれまでずっと高かったからではないかと思います。


投資金額の面でも売買手数料の面でも。


高い参入障壁をわざわざ乗り越えていくということは、勢い一攫千金を狙った投機的な売買になったり、あるいはバブルの狂騒に駆られて天井圏での売買に乗り込んでしまうケースが多かったのではないでしょうか?


一方、結婚したときに買った、子供が生まれたときに買った株式を何十年も持ち続けるとかいう話は事例としては数多くあったと思いますが、全体としてはかなり少数派になってしまう。


株式自体は参入者の思惑に関係なく上下動を繰り返しながら上昇していくとしても、多数派がどういう経験をしたかによって、世間に広まる話は決まってしまいます。


さて、ここ十数年のインターネットの普及で株式取引の手数料は激減し、また個人投資家が購入しやすいようにと株式の単元価格も低下しました。


歴史上、今がもっとも株式投資にかかるコストが低くなっています。


個人でも簡単に私設年金ファンドのようなものをつくることができます。


またブログサービスが始まって十年くらいたちましたが、個人でも簡単に多くの人に知られる形で記録を残すことができるようになりました。


昔の新聞記事を探すより、ブログを検索したほうが、昔のことがよく分かるというときが来る、というよりもう来ているのかもしれません。


少数派の経験でもネット検索なら時間と空間を越えて一瞬で共有することができます。


こちらのブログでは30年間株式を買ったまま放置していたらどうなったのかを追っていきたいと思います。