詩人や文人が各地の名勝を巡って、昔の故事を踏まえて詩や文章を詠むというのはよく行われる文筆活動ですので、袁枚もその類の例です。


しかし、問題となるのは、袁枚は地方官のドサ回りが続くなど、思いにまかせない官僚生活に嫌気がさして、38歳の若さで引退して無職になっているという点。


つまり、広大な庭園を何十年にも渡って改築するだけでなく、愛妾を幾人も抱えて、美食三昧の日々を送る。それだけでなく膨大な量の書籍や骨董品を購入したり、全国各地を自由気ままに旅行したりするといった費用は一体どこから沸いてきたのかという疑問。


袁枚は高級官僚としての給料や役得でお金持ちになったのか?


どうもそうではないようです。


官僚の汚職は現代に始まったことではなく、古来より存在する根深いものですが、袁枚は汚職官僚ではありませんでした。


27歳で最初の地方官となったときに、袁枚の父はわが子の若さに心配して、赴任地までこっそり評判を聞きに行きましたが、非常に良くて安心したという話が伝わっています。


そもそも汚職官僚が収入の源となる官僚職を自ら辞めてしまうことはあるはずありませんので、袁枚の収入源は高級官僚の給料や役得以外にあったことは明白です。


ちなみに袁枚は放蕩三昧の日々を送ることによって何かバチでも当たったかというとそんなこともなく、唯一の欠点は生まれてくる子が女子ばかりで跡継ぎに恵まれなかったこと。


なんとそれも62歳のときにようやく男子に恵まれて、その子が結婚し孫が生まれるまで見届けて、この世を去っています。


色、食、物のすべての欲望を充足させながら、長寿と子孫にも恵まれるという欠けるところない人生を終えています。ちょっと憎たらしいくらいです。


さて、では袁枚の放蕩三昧の日々を可能にした収入源とは一体何だったのでしょうか?