みんなおとなしくもらった株式引換券を持っていたかというとそんなことにはなりませんでした。


なんとロシア国民の間でこのバウチャーの壮絶な転売が始まりました。


なぜなら、ロシア国民のほとんどがバウチャーや株式の意味、将来の価値を理解できなかったので、二束三文でも売却できると分かると、簡単に手放してしまう人々が続出したのです。


共産主義社会でしか生活したことなく、資本主義社会の知識がまるでないのだから、当然といえば当然かもしれません。


さらに悪いことには当時2000%超のインフレが進んでいたため、大半の国民が今日の食料やウォッカを得るためにバウチャーを売り払ってしまいました。


一方、バウチャーの将来的価値を理解できた極少数の人間がこれを買い占め、後のオリガルヒと呼ばれる新興財閥に成長したそうです。


ロシアの格差社会はこのときに定まれり。


さて、生活の苦しいときこそ、資産価値のあるものは破格値になります。


邱永漢さんの本を読むと、戦後食料品の高いときは土地などは本当に二束三文で放置されていたと書いてあります。


また終戦後にはハイパーインフレがあり、預金のほとんどは無価値になったとも語っています。


つまりロシアだけが特殊なのではなく、日本だって昔には似たような経験をしてきているのです。


少し長い時間が経って過去のことになると、まるでそんなことなかったかのように誰もそれを語る人はいなくなります。


しかし、それは過去に実際起こったことであり、また今後も起こることなのです。


今、新興国の人々に株式を買うような経済的余裕のある人々、またその本質的価値を正確に理解できている人は極少数でしょう。


世界でも有数の価値の高い日本円を持ち、経済成長もバブルも経験してきている私たちにとっては、ほとんど未開拓の沃地が放置されているといっても過言ではありません。