人生も半分ぐらい終わってしまった後でようやくその理由が分かりました。


その理由はただひとつ、株式を持っていないから。


現在の社会において富の源泉は株式にあります。


一方、農業生産がGDPの大半を占めていた古代社会では、土地が富の源泉でした。


土地さえあれば、そこに小作人を居住させて、様々な収穫物を得ることができる。


パソコンもテレビも車もゲームも何もない古代社会では、農産物の社会に占める富の割合はとてつもなく高かった。


ゆえに土地こそが富の源泉になったわけです。


これをめぐって様々な戦争が繰り広げられることにもなりました。


しかし、時代が下るにつれて、土地の経済価値は低下していくことになります。


産業革命が起こり、膨大な量と質の工業製品が生産されるようになると、農産物のGDPに占める割合は低下していきました。


つまり土地よりも工業の知識や技術の方が富を生み出す原動力としては重要になり、株式会社が形成されて、その所有権こそが新たな富の源泉になりました。


さらに時代が下って、デジタル情報革命が起こると、土地の経済的価値は著しく低下しました。


フェイスブックやグーグルが行う経済活動に土地が重要な役割を果たしていると考える人はいないでしょう。その展開するビジネスの規模からするとあまりにもちっぽけなオフィスしか彼らは使っていません。


デジタルネットワーク上でビジネスを展開する知識や技術、それを発明し運用する「人」こそが彼らの富の源泉であり、それを享受できる会社の所有者が株主です。


もちろん土地には今でも経済的価値が存在しますが、富の源泉としての価値の花形は既に株式に移ったと言えます。