私が初めてインターネットを使い始めた1990年代後半には奇特な個人のHPが細々とあったりするくらいで、ブログサービスもまだ始まっていませんでした。フェイスブックどころでなく、mixiだってまだ当然ありません。


その後、ADSLなどの常時接続が普及し始めた2000年代前半になって、今日よく使っているようなサービス、アマゾンやネットバンクにネット証券などが一般的に普及し始めました。


それからまた十年くらいの時間が過ぎて、今ネット上にある情報量というのは、1990年代、2000年代に比べると、とてつもなく巨大になっています。もはやネットはありとあらゆる知識を学べる総合大学のようです。


少し前にホリエモンが「今なら高校、大学行かない」みたいなことを言っていたようですが、自宅から通える高校はともかく莫大な費用を使う大学進学って、本当にそれだけの投資効果があるのかなっと思います。(正直、大学進学はもう四民平等になってしまった現代における家柄・門閥の機能くらいしかはたしてない)


今、私が18歳なら、なんでもいいからすぐに働いて株式投資を始めるか、あるいはベトナムにでも留学して、国内の大学に進学した場合にかかる費用との差額をベトナム株投資に回したい。


ハーバード大学で勉強したからといって、1日が48時間になるわけではありません。ハノイでいようが東京でいようが、1日は誰でもどこでも24時間。


ならば、庶民階級の出身としては、日本で奨学金という名の借金を背負い、アルバイトに追われ、ろくに勉強もしないまま大学を卒業してしまうという内容の薄い大学生活を送るよりかは、割安な新興国の大学で仕送りだけで優雅に暮らし、将来需要急増が間違い現地語をみっちり学び、さらには有望投資企業を品定めして、実際に投資する。(日本円では小遣い程度でも現地人の月収!)おまけに割安な現地のアンティークを日本に買って帰る。


こんなことをしようとすると、大半の人には日本の就職ルートを外れちゃうからやめたほうがいいよと言われるでしょうが、こちらの大学生活の方が、遥かにローコストかつ投資的な学生生活で楽しそうです。


レアケースでしょうが、学費6000万円かけても無職になるハーバード卒業生だっています。結局、学歴そのものは収入とは直結しません。


学費6000万円かけて無職のハーバード卒業生


ならば、富裕層は別として、庶民階級なら大学進学では、名よりも実を取るという選択もあってもいいと思います。


(なぜ自分が18歳のときに中国でそれをできなかったのかと今なら思うのですが、当時の情報環境だと親戚のおじさんに邱永漢さんでもいないと、独力でそんなことを思いつくのは不可能です)


大分話が脱線しましたが、タイでブラブラ生活したらいくらぐらいお金かかるのかなーと思って、「タイ ひきこもり」なんてキーワードで検索して、簡単に個人ブログがいくつも引っかかり、ブログ内のリンクをたどっていけば、さらに芋づる式に情報が見つかるなんていうのは、あくまで今日の常識であって、20年前なら大型書店にいって家捜しするように本を探したとしても、かゆいところに手の届くような情報は見つからない可能性が高かったのです。


広告が1クリックされるだけで、100円払うといったグーグルの登場が、ブログの大洪水という情報革命を起こした後の世界に今の私たちは生きています。


さて、次回は日本語の経済価値についてです。