江戸は参勤交代の制度などにより、多数の武士が常駐する一大消費都市となったため、数多くの人口が流入するようになりました。


人足仕事をしても、小商いをやっても、江戸にいけばとにかく食えるということです。現在の東京の人口増加と数百年の時がたっても構造的には大差ないのかもしれません。


さて、江戸時代、裕福な商人や大名は別として、庶民は長屋と呼ばれる集合住宅に住むのが一般的でした。


長屋にもいろいろなタイプがあるようですが、九尺二間のスタンダートなものだと、現在の畳六畳程度の広さしかありません。カマドがある土間が一畳半で、部屋が四畳半。ここに単身者だけでなく、夫婦やあるいは小さな子供まで合わせた2~3人で、生活していたわけですから、超狭いです。現代なら学生でももっと広い部屋に住んでいます。


もっとも江戸時代なので、テレビも冷蔵庫も洗濯機もない。家財道具がほとんどないので、布団をたためば人間生きていくのに、そんなにスペースはいらないのかもしれません。


風呂はなく、トイレや井戸は共同、家賃は現代の感覚でいうと、数千円程度だったようで、ものすごく安い。


江戸は火事が多いということで、焼けることを前提とした長屋も相当貧弱なつくりだったと思いますが、住民の数が多くなれば、食事時には惣菜売が棒を担いて勝手に売りに来たりと便利な面もあったようです。


つまり、貧乏人でも数が集まれば、それなりの経済力を持つ団体となり、憧れの江戸に格安で住めたり、彼らを対象にしたサービスや商売が提供されるということです。


江戸時代ですらそうなのですから、それよりも遥かに豊かな現代において、確実な収入を持つ年金生活者が集まれば、下流老人でも比較的快適な住環境に住めるようになるかもしれません。