カモネギFX

株式投資、FXデイトレード、古書収集などをド田舎で行っている資産運用ブログです。

歴史に学ぶ資産運用術

最近100年、値上がりしたもの、値下がりしたもの その1

株式投資を始めた当初は、ありきたりな投資書籍を読んでいたのですが、そういうものは何冊か読んでしまうとどれもこれも似たようなことしか書いていないということに気づきます。


そこで、もっと大きな時代の流れを掴んで、それに乗るような投資をしたいと思い、最近はPERとかPBRとかいった内容の本ではなく、過去の歴史をいろいろと調べ始めました。


するとここ100年くらいの日本に起こったことすら、あまりよく知らないということに気づきました。


バブルと言えば、今の私たちには昭和平成の頃のことを指すのが一般的ですが、大正時代にも大正バブルというものがあったこと。


戦後の預金封鎖や財産税の導入によって、資産家や金持ちの財産がほとんど没収されたこと。


戦後の高度経済成長期の前後では人々の生活様式が一変したこと。


等等。


別にその時代に生きていなくても、書籍を読めば詳しい様子が非常によく分かります。また小説などは単なる虚構の作り話であることは実はかなり少なく、著者の実体験を赤裸々に書いていることも非常に多いため、そういうものを読んでも過去の歴史を知ることができます。


例えば、近年漫画『三丁目の夕日』が映画化されてヒットしましたが、高度経済成長期を迎える前の日本は今とは一つの別世界であったため、何気ない日常を描くだけで、物語として成立したのでしょう。


つまり過去の歴史を知るヒントはかなり身近なところにあります。


そして大きな歴史の流れを知れば、何に投資するべきかが明確になります。


ではここ100年で値上がりしたもの、値下がりしたものにはどういうものがあったのでしょうか?

過去の歴史に興味を持ちました

明治時代とか昭和前期の戦前なんかは今と全然違う時代だろうと以前はなんとなく思っていました。


しかし、最近どうも戦前だけでなく江戸時代ですらも今とそれほど変わった世界ではなく、かなり連続した物語なのではないかと思い始めています。


もちろん変わったところもあるけれど、それと同じくらい変わらなかったところも多い。

「戦前」という時代
山本 夏彦
文藝春秋
1987-10









世間に流布されている戦前の話は嘘っぱちだらけだという話が聞ける本です。


あの戦争中だって、末期にいたるまでは今と変わらずみんなそれなりに楽しく暮らしていたのに、いつの間にか戦前が暗黒時代だったかのように世間に流布されるようになってしまったとボヤいています。


つまり今も昔もそんなに人間の生活や社会が変わっていないということになると、ここ100年200年の歴史を振り返ってみると、投資のヒントがあちこちに散らばっていそうです。


過去に起こったことは現代にも起こるし、また未来にも起こる。


そういう視点で過去の歴史の勉強を始めました。

株式投資と戦国大名 その7

今ファーストリテイリングはSPA(アパレル製造小売)で世界第四位のところまできているようです。


もちろん柳井さんの目指すところは世界第一位のSPAになることでしょう。


時代は変われど、天下統一を目指した織田信長とその高い志は同じようなものだといえます。


つまり、透かし絵のように現代の企業と戦国時代の大名を重ね合わせてみると、その実態も実に似通っている可能性があります。


例えば、織田家が新興勢力のときには、全国的には織田信長の名前が知られているくらいで、その家臣にどのような人物がいるかまで知っている人はほとんどいなかったことだろうと思います。


同じようにファーストリテイリングが急速に成り上がってきた現時点では、社内にどのような人材がいるかは世間的には全く知られてなくて、ただのワンマン経営のように見えても不思議ではありません。


しかし、あれだけの急成長を遂げた企業が社長個人のワンマン体制で成り立っていると考えるのはかなり不自然で、現時点でも後々には戦国時代の百万石クラスの大名となる人材がひしめきあっていると考えるほうが自然です。


もしかしたら、前傾のインタビュー記事に登場した潘寧氏もその中の一人かもしれません。


彼のファーストリテイリングでの面接体験は興味深いです。


彼(柳井氏)は私にこう質問した。あなたは10年後何をやりたいのか?私は社長になりたいと答えると、彼は怪訝な顔をした。日本では終身雇用制で社長になりたいと思うサラリーマンの人は殆どいないからだ。会社で真面目に30年、40年勤めれば、死ぬまでの保障が得られる。



彼は私が社長になりたいと聞いて、すごく感心し、じゃあうちにおいで、ここにはいっぱいチャンスがあり、あなたが社長になれるかも知れないと言ってくれた。その時、私も素直だったので、これはチャンスかも知れないと思い、入社を決めた。


戦国時代に例えると、浪人が大名家に仕官しに行って、「大名になりたい」といい、大名の方でも「そうか、君も大名になれるかもしれないから、うちに来なさい」と言っているようなものです。


古今ともに稀な会話だと思います。


その後、ファーストリテイリングに入社した潘寧氏は彼の望むような経験をすることになったようです。


ユニクロでの経験は、まるで創業しているようだった。すべてゼロから始まった。香港もゼロから始まった。台湾もゼロから始まった。大陸も社員わずか30人からいまの社員1万人の規模まで大きくした。いま中華圏での社員総数は約1.6万人で、これほどの大企業は8年前はゼロだった。これは創業ではなくて何という?私はとても充実した日々を送った。


(元記事 http://www.chinanow.jp/2014/03/01/article6477/)


ファーストリテイリングは単元株がとうとう500万円近くになってしまって、零細個人投資家には手の届かない存在になってしまいました。


ただ、私の場合、ミニ株で1株だけ持っているので、株主通信とかは届きますし、評価損益の変動も日常的に目に入ってきます。


ファーストリテイリングの行く末を知ることが、今後の株式投資にとって大いに役立つところがありそうなので、これからも見守っていきたいと思います。

株式投資と戦国大名 その6

司馬遼太郎は小説家とはいえ、ものすごい量の文献を収集して読んでいたそうで、彼が執筆しようとする分野の資料を集め始めると古本屋からその関連の書籍が消えるとまで言われました。


もっとも細川藤孝と黒田官兵衛のエピソードが史実か創作かまでは分かりませんが、作中に描かれた官兵衛の推測は確かに当たっていました。


織田家には早くから後々天下にその名を知られることになる武将が群雲のごとく満ち満ちていました。


後の加賀藩百万石の祖となる前田利家もいれば、早死にしなければどれくらいの功績を残しただろうと思われる蒲生氏郷、天下を指南できるとまで言われた名人、堀秀政などなど。


結局、織田家の中でも異能の天才である秀吉がそれらの人材を統合して、天下統一を成し遂げることになりますが、織田家自体が半ば無名のときに他国においてそれらの武将の名を知ってる人など皆無に近かったと思います。


「木下藤吉郎秀吉……。はあ?」


秀吉の名が全国的なものになったのもおそらく明智光秀を討ったくらいところで、それまでは世間的には織田家の有力家臣の一人というくらいの認識ではなかったかと思います。


ましてや『播磨灘物語』の中で、細川藤孝と黒田官兵衛がこれこれ密談したとかいうときの、織田家が美濃、尾張の二カ国をやっと収めた段階では無名も無名、二人とも秀吉の名など聞いたこともなかったかもしれません。


しかし、官兵衛はおそらく織田家には秀吉のような人間がいるに違いないと見た。


と、ここまで考えたところで現代に目を転じてみましょう。

株式投資と戦国大名 その5

黒田官兵衛が縁もゆかりない織田信長を足利将軍家再興の後見人として細川藤孝に推薦した理由とは?


それは織田家の人材登用が徹底した実力主義で他国に例を見ないものだったからです。


官兵衛が言うには、領国が乱れて衰退した大名はことごとく門閥主義で、重臣はみな血縁地縁で繋がっている人々で固められており、結局門閥のために滅びたといっても過言ではない。


それとは違い、全国に名を知られた大名なら皆積極的な人材登用を行っているが、なかでも織田家のそれは他国に類を見ないほど、凄まじいものである。


例えば、滝川一益などは、近江伊賀の生まれで、尾張に流れていったときには、ただの浪人に過ぎなかった。その分限から今は家老にまでなっている。


奇跡のようではないか。


と。


そして、そこから官兵衛は推測します。


常識外れの実力主義的人材登用を行っている織田家には、例え織田信長が万一急死するようなことがあっても、その事業を継承できる人物がおそらく幾人もいるに違いない。


ゆえに大名の個人的な才能でもっている国ではなく、織田家と結んでおくことが必要なのである。


と。

株式投資と戦国大名 その4

昨年のNHKの大河ドラマは黒田官兵衛がモチーフになってました。


NHKの大河ドラマだと「いくさは嫌にござります」みたいな現代風テイストになってしまって、歴史上の人物がいかにすごいことをやったのかが曖昧になってしまうので、あまり関心がわきません。


まあそれでも昨年はたまに見ていました。





一方、こちらは黒田官兵衛をモチーフにした司馬遼太郎の小説です。


作中に、播州の小大名の家老に過ぎなかった黒田官兵衛が足利家の幕臣の細川藤孝に出会う場面があります。


足利義昭、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕えて、肥後熊本藩54万石の祖となった細川藤孝の器量は尋常なものではありません。


普通の人物なら、このどこかで主君の没落とともに塵あくたとなってしまっているはずです。


ちなみに元総理の細川護熙氏はその子孫ですから、現代に至ってもなおその栄華を保っているといえるかもしれません。やはり尋常ではない。


さて、『播磨灘物語』の中に、小説とはいえ、印象的なシーンがあります。


直感的に黒田官兵衛の才幹を感じ取った細川藤孝は、足利義昭が以後どの大名を頼りにすればよいかと尋ねます。


官兵衛は即答します。


「織田家がよかろう」と。


当時織田家は、ようやく尾張、美濃を平定したところの新興勢力といったところで、全国の大名に比べてそれほど際立った存在ではありませんでした。


世間的なイメージはちょっと慌しく動き回っている成り上がりといった感じ。


では、当時中国地方の小大名の家老に過ぎなかった黒田官兵衛が縁もゆかりない織田氏を推薦したのはなぜだったのでしょうか?

株式投資と戦国大名 その3

ファーストリテイリングは後継者問題でつまづくのではないかと思っていた時期がありました。


下手をすると、ダイエーのように失墜してしまうのではないかと。

成功は一日で捨て去れ
柳井 正
新潮社
2009-10-15



柳井さんの著作を読むと書いてありますが、外部から招いた後継者候補たちが次々と退職しているからです。


しかしそれもどうも杞憂のような予感がしています。


柳井さんの異常な成長欲求についていける後継者などそうそういるはずもありません。


後継者候補の一人として元ファーストリテイリング社長をしていた玉塚さんは今ローソンの社長をやっています。


つまりローソンの社長が務まるくらいくらい優秀な人物であったことは間違いないのです。


ただ世界の頂点を目指すファーストリテイリングの経営者としてはその安定成長路線は許容できないということだったのだと思います。


では柳井さんが引退したあとのファーストリテイリングはどうなるのか?


やはり失速してしまうのでしょうか?

株式投資と戦国大名 その2




尾張半国程度の小大名だった織田信長が鬼神のような勢いで天下統一にひた走っていく姿が生き生きと描かれています。


作中に出てくる越前の朝倉義景などは、信長などよりもはるかに名門で地理的に京都にも近いのに、おそろしく時勢に鈍重な動きをしています。


一方、時は現代に移って、ファーストリテイリングについて興味深い記事を見つけました。


以下は、ファーストリテイリングの最高執行責任者副社長の潘寧氏の述懐です。


私は学校卒業してすぐユニクロに入社した。私は日本に留学し、商学部修士課程で金融と経済を専攻した。ビジネスや経営に関する勉強をしたのだから、どこかの会社に入って、教科書で覚えた知識が実際に通用するかどうか試したかった。丁度ファーストリテイリングが店長を募集していたので、行って見ようと思った。まさか、面接試験の面接官が柳井さんとは思わなかった。それは1994年、当時ユニクロはまだ小さな会社で、売上はいまの中国市場の売上の1/3にも満たなかった。


私は山口県まで行って面接試験を受けた。面接で柳井社長に会って、すごく衝撃を受けた。中国的な言い方をすれば、当時彼はただの田舎会社の社長で、田舎で生活し、周りは山と畑しかない。しかし、そんな田舎にこういうすごい会社があるとは正直驚きで、彼が語る夢はとてつもなく壮大で、口を開けば、立派な中小企業になるという話ではなく、世界最大の会社、世界一の会社にしたいので、あなたの力を貸して欲しいと言っていた。


(元記事 http://www.chinanow.jp/2014/03/01/article6477/)


柳井さんはど田舎の父親の紳士服店を継いだ二代目ですが、彼よりはるかに条件の良い二代目、三代目の経営者は星の数ほどいたことだと思います。


しかし、それらの経営者たちはファーストリテイリングのような会社を作るには至らなかったようです。


また同じように戦国時代、織田信長よりも条件的に恵まれていた大名は全国に数多く存在しました。


しかし、その多くは越前の朝倉義景に代表されるように先代の遺産を食い潰してしまうか、そこまで至らないでもそれを維持するので精一杯でした。


古今の事例を見ても思うのは、生まれたときの条件で人生が決まるのではない。


その志の有り無しにかかっているのだということが分かります。

株式投資と戦国大名 その1

趣味とか教養ではなく、お金が儲かる人文科学を志向しています。


投資と人文科学はどうも相性がよく、投資のヒントを人文科学に求めることができるのではないかと最近考えています。


例えば、戦国大名と株式会社って何か似ているところがあるのではないか?


大名家の家紋は会社のロゴ。


大名家の家訓は会社の社訓。


戦国大名は会社における創業家。


大名家の家臣は会社における社員。


などなど。


ただ、私の場合、学生時代に学んだ専門分野は中国の古典文献で国文学的素養は全くないので、日本の古典文献の一次資料を収集したり、読んだりする能力はありません。


司馬遼太郎とか山岡荘八の歴史小説を読んだりするくらいのものです。


でも勃興する戦国大名と成長著しい株式会社には何か共通する熱気を感じます。

道楽起業家、袁枚の豪奢な庭園生活 その11

例えばの話ですが、東京ディズニーランドを貸切で遊んでしまえば、湯水のようにお金を消費してしまうでしょうが、それを経営して、客の一人として混じって毎日遊んだとしても、いくらも浪費できないどころか、逆に毎日お金が儲かってしょうがないことでしょう。


スケールの違いはあっても、袁枚がやっていたのはこのような類のことだったのではないかと思います。


道楽や趣味で自分が浪費する以上に、他人に浪費させる。


他人が浪費した分は、自分の収入となるビジネスになる。


随園という風光明媚なテーマパークの経営者である袁枚は、自分が詩文に耽溺する以上に多くの人々にその禁断の果実をかじらせました。


庭園も美食もその中の道具仕立てのひとつ。


文献資料からは伺えませんが、袁枚のことですから、愛妾たちも健康的に働かせていたのではないかと思います。


袁枚はその生涯で道楽の限りを尽くしながらも、死去するときには膨大な田畑などの不動産と銀を残していました。


袁枚の事例から学べることは、ただの道楽にしか見えない趣味でも他人にその禁断の果実をかじらせることによって収入を得られるビジネスに昇華できるということです。


彼のような事例は、ヤクザな趣味を持ってしまった人間にとっては希望の光です。


今後機会があれば、大きな一つのテーマとして本格的に研究したいと思う文人の一人です。
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