カモネギFX

株式投資、FXデイトレード、古書収集などをド田舎で行っている資産運用ブログです。

カモネギ君の放浪日記

ワープアの中国滞在記 その22

余談ですが、白タクのおじさんの奥さんも教師で、彼が中学校の教師で月給100元だった頃、小学校の教師だった彼女は、それよりも少し月給が低かったそうです。


奥さんは今でも教師として働いていて、月収は4000元程度だそうです。


白タクのおじさんの車はトヨタのカムリで、日本で雲助と賤称されるような悲壮感は全くありません。悠々自適の自営業者といった感じです。1980年代の中国では、多くの人は月収100元に疑問を持つことなく生活していたのでしょうが、そういう時代にいち早く深センに行ったおじさんは普通の人よりも少し勇気があったのかもしれません。


中国火車旅行 (角川文庫)
宮脇 俊三
角川書店
1991-09



最近読んだ本で、1985~1987年の中国の列車旅行記が書かれているのですが、この中にも都市労働者の月給が80~100元程度という話が出てきます。


本で読んだ内容と自分が直接聞いた話が符節を合わせたように一致する。これも一種の学問ではないかと思い、ワープアに転落したとはいえ、今後はこういう方向で研究していきたいと思うのでありました。


さて、ワープアに転落してもう当分中国に行くこともないだろうと思っていたところに、期せずして中国出張の仕事が入り、6年ぶりに中国入りしましたが、今回感じたことは、ネットの情報網が発達した結果、もう中国に直接行かなくても中国のことはかなり良く分かるということでした。


それはつまり中国との比較で日本の状況もよく分かるということになるのですが、日本の中にいても意識だけはグローバル化して、隣国中国の恩恵をいろいろと受ける方法があるのではないかとも考えるのでした。


それについてはまたいずれの機会に。

ワープアの中国滞在記 その21

白タクのおじさんは最近十数年の中国の不動産市場の変化についても話してくれました。


「2000年代の初頭、100平米のマンションを4万元で広告を出しても誰も買う人がいなかった。ところが、今なら40万元のマンションでも広告を出さなくても売れるが、そもそも40万元ではもうマンションは買えない(苦笑)さらには、深センあたりでは10倍どころではないくらい値上がりしたマンションも多いよ」


「自分が広東の故郷でマンションを買った頃、階下の道路に止まっている自動車なんて全然なかった。しかし、同じ場所に今は隙間もないほど自動車が止まっているよ(笑)」


おじさんは「もー、発展のスピードが早すぎてついていけねー」といった話ぶりでしたが、2000年代前半というと、私が留学で中国に初めて足を踏み入れた時期でもあります。


この話を聞いて、私もまた大変なチャンスを逃したことを実感したのでした。日本にやってくる中国人研修生のごとく、職業など何でもいいから日本で働いて、中国株や中国不動産に投資していれば、今頃はワープアではなく、プチ小金持ちくらいにはなれていたでしょう。


しかるに私が当時やっていたことは、中国でかび臭い古本を片手に誰も読まない研究論文を書くといった一円の価値も生まない作業でした。


過ぎ去った時間は元には戻らず。では今からでもできることは何なのか?

ワープアの中国滞在記 その20

「1987年の頃、中学校の数学教師だった俺の月給は100元だったんだよ。たった100元の給料で何ができる?友達とちょっと食事に行けばなくなってしまう。彼女もできないし、結婚だってできない」


「だから中学校の教師は辞めて、深センの工場に働きにいったのさ。そうするといきなり給料が300元になった。さらに半年後には600元になった。当時としてはそれは大したもんだよ。これなら彼女とも付き合えるし、結婚もできる」


と、語り始めたおじさんの年齢は50代くらいでしょうか?とすると、中学校の教師は最初の就職で、すぐにやめてしまったのかもしれません。


それと、1987年の100元がどれくらいの価値があったのか、気になったので、後から調べてみました。


当時の為替レートはおよそ1元=38.85円。現行レートよりも1元の価値が高いですが、月給はたった100元なので、月収約4000円ということになります。


大の大人が一ヶ月働いてたった4000円。しかも学校の先生で。


当時の日本の物価と比較すると、1983年に発売されたファミコンの定価が14800円でした。さらには、1987年に発売されたゲーム『ドラゴンクエストⅡ』の定価が5500円でした。


当時、ファミコンは子供のおもちゃとしては高級な部類だったと思いますが、それにしてもファミコンのソフト一つ買えない月給で中国の成人が働いていたと思うと、グローバル化が進む前の世界とはいえ、凄まじい話だと思います。


中国人の月収が3~4万円だった時代は、10年近く前の中国出張に頻繁に行っていたサラリーマン時代に工場労働者の給与明細を見たことがあったので知っていましたが、邱永漢先生の本に「中国人の月収は1万円」とよく書かれていても、ホンマかいなと正直思っていました。


なぜなら、それは自分が直接見た時代の話ではないからです。


しかし、月収1万円どころか5000円もなかったことを語る人に今回間近で接して、邱永漢先生の本に書いてある話は確かに過去存在していた世界だと実感するようになりました。


もしその頃に、中国に何らかの形で投資できていたら、今頃我々は王侯貴族はオーバーでもプチ富裕層には簡単になれていたことだろうと思います。


日本人がファミコンで遊んでいる間に、絶好のチャンスは過ぎてしまったようです。しかし、それを「逃した」ということに気づけたなら、それはひとつの進歩ではないかとも思います。

ワープアの中国滞在記 その19

日本からの出張者を出迎えに、深セン空港まで白タクのおじさんの車に乗って向かっていたときのことです。白タクの運転手とは各種情報収集のためにいろいろと話をすることも多いのですが、そのときにはどういう話の流れになったのかは覚えていませんが、


「俺は昔学校の教師だったんだよ」


とおじさんがポツリともらしました。今はただのワープアとはいえ、昔は大学の研究職を目指したこともある我が身としては興味深々になり、いろいろと聞くことになりました。


なんで学校の先生が白タクの運転手になっているのか?


日本だと普通考えられないですよね。学校の先生からもぐりのタクシー運転手への転職なんて。


今はまた違っているかもしれませんが、十年以上昔の私の中国留学当時の印象だと、医者とか教師といった日本だと収入が高かったり安定している仕事の中国での待遇はあまりよくありません。


当時は立派な病院でも結構ガラガラでしたし、大学の先生たちも校内の外見はボロなマンションに住んでいました。(さすがに中はきれいでしたが)


私の指導教授の場合、基本的な古典文献は揃えていましたが、海外の研究書を買うことは難しく、そういうものは読まないで論文を書いていました。(中国古典の研究だから、それでも論文は書ける)


またグローバル的に見ると、医者の給料が高いのがどこの国でも当たり前ではないとすると、日本の医者の待遇は今後悪くなることもあるかもしれません。


当時は結構カルチャーショックを受けました。


さて、話を戻して、昔は中学校の数学教師だったおじさんが白タクの運転手にまで至った顛末とはいかん?

ワープアの中国滞在記 その18

白タクとは営業許可を受けずに自家用車でタクシー業務を行っている人たちのことで、日本ではまずお目にかかることがありませんが、中国ではどこの都市にもわんさかいます。


客からの現金収入で税金は払っていないようですが、個人事業主のような位置づけになっています。そこそこ儲かっている人から副業感覚のようなものまでピンキリでしょうが、中国で車を運転することのない外国人にとっては、行く地域によっては、切っても切れないくらいよく利用する人たちになります。


アメリカのUberという企業が、一般人が自家用車を使って白タクのような業務を行える仕組みを世界各国で行っていて、日本では法規制の壁もあって、まだ変則的な形でごく一部しか普及していないようですが、中国ではテンセントが既に同じようなアプリを開発して運用しています。


ただし、利用にはスマホと決済のできる銀行口座が必要なので、私は直接利用ができなかったため、今回の出張中には、現地社員に呼び出してもらいました。タクシーの捕まりにくい場所でも近くにいるドライバーがすぐに応じてくれるので、ものすごく便利で、しかも金額も正規のタクシーよりも随分と安い。さらにはヤフオクのようにドライバーと乗客の相互評価制度もあるようです。


未だに中国が遅れた貧しい国というイメージを持っている身近な人が多くて困惑するのですが、部分部分を見れば、中国のほうが進んでいるところは結構ありますし、中国人のほうが金持ちです。


今回の出張中、コンビニでテンセントが運営するWeChat Paymentでシャリンと一瞬で支払いを終わらせている中国人をかなり見ました。相当な普及具合でした。一方、日本だと未だに現金をモタモタ出している人も多いことでしょう。


テンセントの株価が暴騰し続けている理由が分かりました。テンセントはもはやインフラ企業になりつつあります。


また、先日、今回の中国出張中に訪問した下請け企業の経営者が日本の取引先を回るついでにゴルフをやりにきていました。中国よりも日本のほうがプレイ料金が遥かに安いとかで。一方、ワープアな私はゴルフクラブなど握ったこともありません(涙)


さて、前振りが長くなりましたが、次回は中国の白タクの運転手から聞いたとっても昔の中国のお給料の話です。

ワープアの中国滞在記 その17

今回、中国に駐在している人に聞いた話では、賃貸相場は不動産価格ほど値上がりしていないとのことでした。つまり日本のバブルの頃と同じような現象が中国でも起こっているということになります。


今は日本にいてもネットで中国の不動産価格や賃貸相場を調べることができるので、自分でも多少土地勘のある成都市のそれらを見てみましたが、いわゆる不動産を賃貸に回すことによって得られる収入の利回りはとても低そうです。


ただ日本のバブルの頃と違うのは、日本のバブル期には不動産の利回りだけでなく、株式の利回りも圧倒的に低かったことです。今の中国の場合、不動産価格は割高だと感じますが、株式は配当利回りの高い銘柄も多く、結構割安だと感じます。


私が中国人なら不動産ではなく株式を買います。


なにはともあれ、これだけ不動産が値上がりすると、成金になった中国人もかなりの数に上るのではないかと思います。今回広州市の繁華街をウロウロしたとき(10月16日の記事の写真周辺)に、店舗の上層階はゾロゾロと古いマンションになっていたのですが、あれなども早くから所有していた人はかなりの含み益のある資産を持つことになったのではないかと思います。


もちろん同じことは、戦後東京近辺の土地を所有した日本人にも起こったことですが。


さて、次回は今回の中国訪問の締めとして、中国の経済復興をその身で経験した白タクの運転手の話です。

ワープアの中国滞在記 その16

不動産投資はしたことがありませんが、不動産投資の本は結構読んだことがあります。不動産投資は購入したり建築したアパートやマンションなどが、いくらの額で賃貸に回せるかで、利回りを計算します。


例えば、1000万で買ったマンションを年100万円で貸せたら、利回りは10%ということになります。実際には、空室リスクや修繕、税金などを考慮すると手取りで10%の利益があるわけではないので、年間家賃収入÷物件価格×100の計算式で表面利回りと言ったりします。


株式投資の配当利回りなども本質的には同じ理解の仕方だと思います。つまり、一般的には不動産も株式も投資した金額に対する利回りが高ければ割安と言え、逆に利回りが低ければ割高ということになります。


日本のバブルの頃は、株式も不動産も利回りはすごく低かったです。漫画『ナニワ金融道』の中で、地上げ屋の肉欲棒太郎の妻となる女性が、銀行の定期預金の金利よりもマンションの賃貸収入で得られる利回りのほうが低いことに疑問を感じて、肉欲棒太郎に尋ねるシーンがあります。


「なんで手間隙かけて人に貸したマンションから得られる収入よりも銀行金利のほうが高いのだろう?」


と。かなり素朴な疑問ですが、こういう素直な視点を持てていたなら、バブルの波に踊らされることはなかったのかもしれません。


まさに歴史は繰り返すで、現在の中国の不動産の利回りもかなり低そうです。

ワープアの中国滞在記 その15

今回の前に中国を訪問したのは、まだワープアに転落する前の2010年のことでした。遼寧省の遼陽市という田舎都市の工場に出張で行ったのですが、何かの気まぐれで聞いたマンションの値段を高いなあと思った記憶があります。「この程度の街でもそんなにするのか……」と。もっとも、具体的な値段などはさっぱり忘れてしまいましたが。


それから6年が過ぎての中国訪問……。不動産も千差万別なので、一般論にはならないのですが、ホンマに日本よりも中国の不動産価格の方が高いと感じました。


今はネットで中国の不動産売買サイトなども気軽に日本から見られるので、中国の不動産がバカ高いらしいというのは以前から薄々感じていましたが、実際に現地の不動産屋の看板などを見ると実感がわきます。


不動産屋では呼子が立っていたので、不動産価格が貼った写真を撮ったりはできなかったのですが、景気よさそうなドデカイマンションの写真くらいは撮っておいてもよかったかなと思います。


さて、不動産価格が高い高いといっても、それには基準となる指標がいります。私が今回中国の不動産価格を高いと感じた理由は……。

ワープアの中国滞在記 その14

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中華民国時期の一元銀貨としては、もっともありふれている袁世凱をモチーフにしたものです。偽物も多く、中国のタオバオだと成分も本物に近づけたスーパーコピーが350元程度の値段で売られたりしています。


代表的な一元銀貨なので、一枚は持っておこうかと思ったのですが、ヤフオクで買うのには自信がなかったので、国内のコインショップでネット経由で買いました。写真のものは送料込みで9200円で買っています。


中華民国時期に流通していた銀貨は銀元といいます。銀元の価格相場は、中国切手と同じく低迷しているようです。自分の記録と見ると、中国切手と中国銀貨を合わせて、30万円近く買い込んでいます。普通に同額程度の株を買っておいたほうが良かったようにも思いますが、こういうものは文化的な香りがする上に、見て楽しめるという点もあります。


とりあえず、追加で買うことは止めておいて、20年後30年後の投資の結果を待とうかと思います。また、そのときまでブログが続いていたら、結果を報告できるかと思います。


さて、写真の袁世凱の一元銀貨なのですが、いろいろな種類があり、流通量はすごく多いです。なので、レアなものでなければ、市場の小さな日本よりも市場の大きな中国の方が数が出回っているため安く買えます。ただし、タオバオなどのネットで買えばの話です。


広州市で見つけたアンティークコインや記念切手のショップが集まっている骨董ビルのなかで見たそれらの値段はネットの相場よりもかなり高かったです。ネットで買うことのリスクを考えてもかなり高い。


結局、ここも本屋と同じで見学するだけだったのですが、実店舗のコストやネット上の価格競争での値下げを考えると、ほとんどありとあらゆるものがネットで買った方が安い時代になったのかなあと感じました。


昔に比べて、中国にいることのメリットを感じにくい時代になったとも思いました。今はもう日本のほうが結構いろんなものが安い。それに今回の中国訪問ではちょっとバブルっぽい雰囲気を感じました。


それを顕著に感じたのは不動産分野です。

ワープアの中国滞在記 その13

写真は取らなかったのですが、文革時期の記念切手や中華民国時期の銀元、いわゆるアンティークコインなどを取り扱っているショップが集まっているビルを広州市で見つけました。


こういうものは中国ではコレクションの対象になると同時に投資の対象にもなっています。私の場合は、下心丸出しの投資目的で多少持っています。

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1967年に発行された革命的な現代京劇、全9種です。文革の頃には切手収集はブルジョア的であるということで禁止されたので、密告が盛んだった当時、隠れて収集しようとした人々は少なかったため、現存するものが少なく、今では高額で売買されるようになっています。


記念切手は、未使用、使用済みのものなどのコンディションによって価格が大きく変わりますが、写真のような使用済みのコンディションの悪いものでも、揃いだと1万円は軽く超えます。


今中国の景気があまり良くないためか、文革切手のヤクオクでの取引価格は多少低迷しているように見えます。まあ投資としては実験的な試みのため、そんなにたくさんは買っていないので、もう完全に放置プレイで様子を見ることにします。


ところで、この記念切手のモチーフは、毛沢東と革命と京劇をごった煮した当時の世相を反映したものになっています。文化革命中には、伝統的な京劇はブルジョア的であるということで演じることができなかったため、劇の題材を革命思想的なものにしつつ、京劇のスタイルで演じたようです。


youtubeなどで現代京劇を検索しても結構ヒットします。完全な歴史の遺物かと思いきや、一部は現代でも演じられている演目もあるようです。関羽が出てくるような本当の京劇は字幕がないと何を言っているのかさっぱりわかりませんが、現代京劇は字幕無しでも結構分かります。


現代でも演じられているということは、何かおもしろいところがあるのかもしれず、時間があればじっくりと見てみたい気はします。


さて、中国の記念切手だけでなくて、中華民国時期のアンティークコインもいくつか持っています。
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