カモネギFX

株式投資、FXデイトレード、古書収集などをド田舎で行っている資産運用ブログです。

徒然なるままに

またしばらくお休みします

書きかけの記事がありますが、身辺多忙につき、しばらくブログ記事の執筆をお休みします。


まあ、そんな宣言をわざわざしなくても誰も見ていないのですが……。


ちょうど一年くらい前にも少し更新が止まった時期があったのですが、そのときはFXトレードに集中するためでしたね。


今も相変わらずFXトレードの方はボロボロですが、1枚のリアル口座とデモ口座を行ったり来たりしながら、継続しています。


さて、今回の身辺多忙の原因は……。


次回、再開後は少し趣向の違った記事が書けるかもしれません。


一ヶ月以内にはまたお会いしましょう!

しばらくお休みします

書きかけの記事がありますが、身辺多忙につき、しばらくブログ執筆をお休みします。


時間の経つのは早いもので、更新しなければ、1日のアクセス数が20もない独り言に近いブログを丸三年も書き続けてきたようです。


長く書いていれば、一休みする時期もあるかと……。


さて、更新停止前の最後の話題はこちら。


ガソリンスタンドの店員が株式投資で9.7億円の遺産を残す。



英文の記事を見ると、おじいちゃんの写真も出てきます。


「お金を使わずに死んで、かわいそうな人だ」


という意見もあるようですが、それはちょっと違うんではないかと思います。


例えば、任天堂の故山内会長は莫大な資産を残して亡くなりましたが、誰も「お金を使わずに死んで、かわいそうな人だ」とは思わないはずです。


故山内会長は贅沢をするのが趣味ではなく、事業拡大に情熱を傾けたのであって、自らが築いた資産を使い切るということには、何の関心も持たなかったことと思います。


スケールの違いこそあっても、リードおじいちゃんも自分が投資した企業がどんどん成長して社会貢献していくのを楽しんでいたのであって、贅沢するために投資していたのではないと思います。


もし贅沢を味わうためなら、両者は生前もっと早く方向転換して、その遺産はどちらもここまで大きくならなかったことでしょう。


さて、リードおじいちゃんの遺産は、地元の病院や図書館に寄付されたそうですが、「お金を使わずに死んで、かわいそうな人だ」という人々のほとんどは、彼以上の贈り物を残さないことでしょう。


つまり、故山内会長のような遺産を残すことは誰にでもできることではありませんが、リードおじいちゃんになら誰でもなれる可能性があるということです。


故山内会長は無理でも、人生最後の日はリードおじいちゃんのように迎えたいものです。


なぜなら彼は最後の日もそれまでの日々と全く同じように非常に満ち足りた気分で過ごしたに違いないと思うからです。

更新が減った理由

投資については今一通りできることはやりつくしたという感じになったからです。


最初このブログを書き始めたときは節約に関する記事が多かったのですが、徐々に絞りきったぞうきんのようにやりつくした感じになり、節約に関する記事はほとんどなくなりました。


その後、投資の方に自分の関心も向かっていったのですが、インデックスファンド中心の大雑把な投資から、中国株や小型新興企業株への投資にシフトしていき、最後にはアンティークへの投資を開拓するに至りました。


それも一通りやりつくした感が出てきたので、「お金の問題」を解決するために次のアイデアを練るようになりました。


お金の問題を解決するために、「節約」と「投資」以外には何が考えられるか?

しばらくお休みします

ちょっと別件で忙しくなってきましたので、こちらのブログはしばらく冬眠します。


10年くらいの長期執筆を考えた場合、こういう時期もあるかと思います。


2年間記事を書いていくうちに、投資戦略の概要は固まりました。


日本株と中国株に分散投資し、株式を担保に高金利通貨のスワップ金利を得る。


アンティークを収集してその自然な値上がりを待つとともに、中国切手などではトレードによる利鞘も狙っていく。


さらには中国古典や邱永漢さんの本を読んで、新しい投資戦略のアイデアを練る。


こんな体制が整いました。


ブログの更新が止まっている間も複利の法則が働くというのが理想です。


しばらくの間は自動膨張する資産を眺めてみようかと思っています。

ダイヤモンドは裏庭の隅に 

ダイヤモンドを探せ
ラッセル・コンウェル
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2003-10-29



ダイヤモンドを探しに自分の農場を売りに出して世界中を旅に出たけれど、結局見つけることができずに旅先で自殺した男、その死後最初に男が売りに出した農場からダイヤモンドが発見されたという話が記されています。


寓話的な話ですが、これを真実を思うのなら、チャンスはまさに今私たちがやっている仕事、住んでいる場所、つきあっている人々の中にあるといえます。


この本は自己啓発書の一種として見られているようですが、私には投資やビジネス書のように感じられます。


目の前のダイヤモンドに気づかずに素通りする現象ははるか古代から人と場所を変えて延々と繰り返されてきたことです。


もしダイヤモンドを探したいのなら、自分の家の裏庭以上遠くに行く必要はない、むしろ行ってはいけない。


これに早く気づくことが資産形成の一番の近道になるのだろうと今は思っています。

信念を持てないものはバラバラに飛び散っていく

ネットサーフィンしていると、フラフラと株式売買を繰り返してしまっているブログをたまに見かけます。儲かっているのならいいのですが、そうでないと今回の記事タイトルのようなことを考えてしまいます。


人事ではなく、自分の過去の経験からも、「儲かる」と人から聞いて買ったものやしたことはいつの間にか自分の元からバラバラに飛び散って消えてしまいました。


あとから考えるとそれらは別に間違っていたわけではなくて、自分が信用することができなかったために手放してしまっただけのことでした。


つまり、何に投資するかではなく、何なら自分が心から信用できるかの方がはるかに重要です。


2000年代前半の中国の経済成長を目の前で見てきたので、中国企業の経済成長には微塵の不安もありません。今でも散々バブルといわれる中国経済ですが、実はまだ初動の段階だと私は思っています。


一方、中国人のダメダメ具合もさんざん見てきたので、失われたのが10年だろうと20年だろうと、日本企業の将来性にも少しの疑念を持つことがありません。日本企業が中国企業に劣っているとはとても思えません。


私の戦略は素人でもできる株式の超長期チャートの上昇気流に乗ること。日本株も中国株も多少ポートフォリオは変化しても墓場まで持ち続けるつもりでいます。


うまくいっている投資ブログは良いときも悪いときも信念を持った投資を一貫して守り続けているように見えます。

田舎の方が有利な時代になりました

もっとも限定つきの話で、貧乏人にとってはです。


インターネットの普及によってネットを活用したサービスについては都会と田舎の格差がなくなりました。


むしろ生活コストが安い分、田舎の方が有利になりました。


銀座の一等地でデイトレードしたからといって、勝ちやすくなるわけではないし、山陰地方の山奥で長期投資用の株式を買ったからといって、「あなたは遠方にお住みだから手数料が高くなります」と言われることはありません。


ヤフオクに出品されているB級アンティークを入札するのに、し○くの田んぼの中に住んでいるからという理由で入札拒否されることはありませんし、何よりも都心との家賃の差を考えると、アンティークの保管コストは田舎の方が明らかに安いです。


ネットのみで展開するなら、デイトレーダー、長期投資家、コレクター、どれも田舎の方がコストが安くて有利です。


金持ちはどんどん都会に行って、良い生活を享受して下さい。


でも貧乏人が都会に出て行くのは自分から望んで搾取されにいくようなものです。






出版社が幸福の科学系でちょっとあれな感じはありますが、原著は安田善次郎の『富の活動』です。


「東京商人のその過半数は、ようやく収支が揃い、わずかに三度の食事が食えていくぐらいの悲惨な有り様である。これを見たら何も羨ましがることはあるまい。難儀をして食ってただ生きているだけならば、わざわざ祖先の頃から住み慣れた故郷の地を捨てて、この空気の濁った東京に出てきて寿命を縮める必要もないのである」(p.127)


行き詰ったら、故郷に帰ってみるのも良い手だと思います。親孝行にもなるし、一石二鳥です。

もしリバモアがブログを書いていたら…… その2

トレードで勝てなくなった最晩年にもしリバモアがブログを書き始めたとしたら、なんと言われたでしょうか?


「トレードで勝てなくなったから、リバモアはブログで儲けようとしている」


と間違いなく言われるでしょう。


どれくらいの人々にそう言われるかは分かりませんが、リバモア本人の立場からすれば、それは別に本質的には気にする問題ではないと思います。


そういうふうに揶揄する人たちとは接点が生じないというだけでおわりだからです。


一方、触れるものすべてを黄金に変えるようなリバモアのトレーディング戦略の一端を知りたいという人は時代を越えて後を絶ちません。


今でも彼に関する書籍が世界中で売れ続けていることがそれを物語っています。


もしリバモアが自分の経験をブログを通じて多くの人に伝えようとしたら……。


それが彼の老後を支える最後のビジネス、セーフティネットになったんではないかと思います。


もっともリバモアの時代にはまだインターネットもブログもありませんでした。


しかし、今後生まれるであろう第二、第三のリバモアにはそれができる環境が既に整っています。

もしリバモアがブログを書いていたら…… その1

自殺しなくてもすんだだろうと私は思っています。


ウォール街のグレートベアと呼ばれたジェシー・リバモアは10代のわずかな期間、バケットショップで株価の変動を記録するチョークボーイとして働いたことがある以外は、すべての生涯収入をトレーディングから得たという筋金入りの天才トレーダーです。


超イケメンで女癖が悪く、浪費家だったリバモアは四度の破産を経験したことからも分かるように資産防衛に弱点を持つ人間でした。


もしリバモアがブログを書いていたらというのはもちろん仮定の話です。リバモアが生きていた時代にインターネットはありませんでした。


けれども、リバモアがそのトレーディング生涯のすべてと言わずとも、その半分の期間でもブログを書いていたら、ものすごいアクセスを集めたことは間違いないです。


なぜ断言できるか?


体裁は異なりますが、文字情報を伝達するという点において、書籍とブログは似た性質を持っています。


ジェシーリバモアについて書かれた書籍は今だに原著のみならず、翻訳書まで出版されて世界中で読まれ続けています。


書籍が読まれると言うことは、すなわちブログも読まれるということ。


両者の違いはブログの方は2000年代に入ってようやく登場したという点だけです。

アフィリエイトのないブログは気持ち悪い その4

読者の利便性とブログ執筆者の利益は相反するものではなく、共存繁栄できるものと思います。


アフィリエイトバナーがあるけれども、目障りではなくうまくブログ本体に溶け込んでいるものは数多くあります。


「このブログはどこから収益を得てこんなに長く続いているのだろう」


という視点でブログを見てみると今後新たな発見があるかもしれません。


もっとも芸能人ブログと違って、個人零細ブログの場合、すぐには収益にはつながらないと思いますが、年金でも育てるような感覚でブログを育てていくと長続きするかもしれません。


ワープア仕事をいろいろやって感じたことは、人間でないとできない仕事は思いのほか多いということです。


フォークリストで積荷を移動するだけのアホみたいな仕事ですら、産業ロボットで代用することはできません。


手塚治虫の漫画のように人型ロボットがほとんど人間と同じようにいろいろな仕事をやってくれる社会は300年、ひょっとすると1000年くらいたってもこないかもしれません。


つまり、どんなワープア社会が到来しても、人間という属性には一定の代用不可な需要が存在し続け、それにともない人間が最低限生活していけるだけの給料を出す仕事は常にあるということです。


問題は人間としての機能が甚だしく弱まった老後です。


ブログを書くことは80歳、あるいは90歳になってもできることかもしれませんし、それまでに充分なコンテンツを作成していれば、何もする必要もないかもしれません。


著名人と違って、素人の場合は年金を貰い始めるくらいの年齢になってブログが収益化し始めても遅くはないのではないか?


私の場合、30年スパンの長期投資を考えていながら、ブログの成果が出てくるのは半年も待てないというのはやはり変です。


というわけで、年金という視点でブログを考えてみたことはありますか?

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