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コアラカモ君の古書コレクション

中国古書蒐集 その5 王国維遺書(13)

王国維の特殊性はその学問的素養だけに留まりません。


学問的パトロンであった羅振玉が買い集めた甲骨片を直に手に取って研究する機会に王国維は恵まれましたが、ほとんどの甲骨片が博物館に収用されてしまった現在では、王国維と同じような研究環境を持つことができる人間は世界にただの一人もいません。


現代ではほとんどの学者は写真撮影された書籍を見るくらいしかできません。


学問的素養だけでなく、物質的な環境面でも到底及ばないがために王国維の学問はもはや再現不可能なアンティークの一種となってしまいました。


ただ、王国維が生きていた頃、彼と同じくらいの古典文献の素養がある人間は数多くいましたし、民間を漂っている甲骨片も数多くありました。


やがて時がたつと、そういう人や物は潮が引くように世間から消えてしまい、ものすごい希少価値を持つようになりました。


王国維の事例から学べることは、どの国のどんな時代にも普段ありふれた風景の中にとんでもない投資やビジネスのチャンスが潜んでいるということです。


時代のふるいにかけられてからようやく多くの人はそれに気づくのですが、いち早くそれを察知できれば、莫大な資産形成ができるのではないかと考えています。


私たちは皆、甲骨片を手にしながら無造作に捨てていた河南省安陽市の農民と同じようなことを日々行っているのでしょう。


まさに歴史は繰り返すです。

中国古書蒐集 その5 王国維遺書(12)

そもそも王国維の研究成果が今日の私たちから見て模倣不可能な領域まで達しているのは、その圧倒的な古典文献の素養にあります。


現代では教育が平均化されたので、昔の中国のようにもの心つく前から、膨大な量の中国古典を学び始めるという風景はもはやありません。


現代の教育体制下で、国語、英語、数学、理科、社会などの様々な学問を学ぶことは、一人前の社会人を育てる上では有用でしょうが、こういう教育を受けた場合、古典文献的な知識は古代中国人の足元にも及ばなくなります。


王国維の場合、科挙がなくなったために高級官僚になるための道は閉ざされたとはいえ、学者という職業を選ぶ場合、その古典的素養は社会的に生かす道があったということになります。


なぜなら中国古典文献を研究するための土台作りが現代では既に再現不可能な社会情勢になってしまったことを考えると、とてつもない希少価値があるからです。


また、王国維が生きていた時代には王国維以上に古典文献を読み込んだ読書人は数多くいたでしょうが、彼らと王国維との違いは、西洋の実証主義的な探求精神の有無にあります。


西洋の思想文献を広く研究することによって、王国維は暗記一辺倒の学問の呪縛から解き放たれて、今日の私たちと同じような研究精神を持つことができたのです。


古代人と現代人の長所を兼ね備えたために、王国維の学問はもはや模倣できる人がいない領域にまで達したのです。

中国古書蒐集 その5 王国維遺書(11)

王国維も青年の頃、多くの中国読書人の例に漏れず、科挙に参加したことがあります。ただ、科挙の中の地方試験、郷試に合格できず、中途で断念しています。


暗記一辺倒の学問や形式ばった答案を作る技術を身につけるのに熱心になれなかったと後に述懐しています。


当時の社会的観点から見ると、王国維は秀才とはいえない読書人であったといえるでしょう。


ただ1905年に科挙が廃止されたことを考えると、科挙に熱心になるもののほうが本質的には馬鹿であったと言えるかもしれません。


中国近代の小説家、魯迅の著作に「孔乙己」という短編小説があります。


孔乙己という科挙に合格できず、役に立たない古典道徳知識をひけらかす割には窃盗を繰り返した挙句、最後には行方不明になった没落読書人の姿が描かれています。


1919年に発表されたので、社会的状況から見て、科挙も既になくなり、古典を学んで高級官僚になるという道は既に閉ざされたのに、昔の身分のしがらみを捨てられない没落読書人を嘲笑った小説です。


こういう社会的ニートは当時中国には数多くいたと思われますが、同じ科挙に合格できなかったもの同士とはいえ、王国維は天才学者の道を歩むことができました。


この差はどこから生まれたのでしょうか?

中国古書蒐集 その5 王国維遺書(10)

王国維は甲骨文字と古典文献の内容を突き合わせるという研究に入りました。


一番代表的な成果としては、司馬遷が書いた史記の記載の正確さを立証づけた「殷卜辞中所見先公先王考」という論文とその続編があります。


『史記』には古代殷王朝の帝王の系譜が綿々と記されているのですが、これを虚構ではないかと疑う人が存在していました。


王国維は甲骨文字の記述が『史記』の記載と一致することを解読して、司馬遷の『史記』に載せる殷王朝の系譜が虚構でないことを立証したのです。


これによって、考古学的資料と文献資料をそれぞれ互いの証拠とする、二重証拠法という研究手法が確立されました。


しかし、この研究方法は猿真似程度はともかく、王国維のような精度で行うことは誰でもできるようなものではありませんでした。

中国古書蒐集 その5 王国維遺書(9)

中国近代期には大量の出土文献と呼ばれる新たな文献資料が研究の対象として登場しました。


1900年に敦煌市の莫高窟から大量の唐代の仏教経典などの写本が発見された事件は井上靖の小説『敦煌』の材料にもなりました。


また、1899年に王懿栄という人物が漢方薬として薬局から「竜骨」と呼ばれるものを購入して服用していたところ、粉末にする前に表面に文字の書いてあるのに気づき、大量に薬局から買い集めるようになりました。


「竜骨」と呼ばれていた漢方薬は、実は牛の骨や亀の甲羅に殷代の文字が刻まれたものだったのです。


古代殷王朝の宗教的、文化的中心地であった殷墟では、もっと早くから、甲骨に文字の刻まれたものが発見されていたようですが、価値の分からない農民たちによって大部分は捨てられていたようです。


その内の一部がなんと漢方薬の一種として薬局に回っていた。


なにはともあれ、1900年前後に甲骨文字を収集する研究者が続出し、王国維のパトロン的学者であった羅振玉(1866-1940)もその一人でした。


羅振玉が大量に買い集めた「竜骨」もとい、甲骨を直に手に取って研究する機会に王国維は恵まれました。


甲骨文字の実物を私も上海博物館で見たことがあります。


殷墟の甲骨は既に掘り尽された状態で新たな発掘はもうないようです。また、ほとんどの甲骨は既に博物館に収められてしまって、民間に収蔵するものはほんのごくわずか。


少し検索すると、2004年に二十個ほどの甲骨が5280万元で落札されたというニュースを見つけました。


気の毒なのは、当たりくじをみすみす手にしながら捨ててしまっていた河南省安陽市の農民たちでしょうか?

中国古書蒐集 その5 王国維遺書(8)

科挙に合格するためには膨大な量の中国古典を丸暗記しないといけません。


丸暗記と学術研究は相容れない火と水のような関係にあります。


丸暗記するのはそれを真理とみなしているからであり、そこに批判的、検証的な精神は存在しないからです。


中国の古代史は神話と史実が渾然一体となっていて、宗教的信仰のように妄信するものもいれば、逆にすべてを疑ってかかるものもいるなどという両極端な状況にあるのが、王国維在世の頃の中国古代史を取り巻く状況でした。


科挙に合格することしかなく頭になく、古典の丸暗記にすべての精力を使い果たしてしまう者、一方、さほど深く考証することもなく神話的伝承をすべて否定してしまう似非研究者とに分かれていたのです。


一方、カントやショーペンハウエル、ヘーゲルなどの西洋哲学を吸収した王国維は、実証主義的な視点に立って、そのどちらにも偏らない中庸的な立場を取ることができました。


いわゆる今日的な研究者、科学者のような視点で中国古典に対峙することができたのです。


今日の私たちから見ると別段珍しいものではないとしても、当時の中国を取り巻く状況からすると異例な精神構造でした。


そしてまたそこに新たな学問的潮流が起こってきます。

中国古書蒐集 その5 王国維遺書(7)

科挙は古代中国に長く存在し続けた高級官吏登用試験です。


宋代頃に本格的に成立しましたが、1905年に廃止されるまで、あまりにも長く中国社会に影響力を与え続けた試験制度です。






おそらく世界一の過酷さである科挙の実体や様々なエピソードが語られています。


科挙にさえ合格すれば、高級官僚となれて、富も権力も美女も思いのままになるというので、その競争率は常に凄まじいものがありました。


ただし、成立当初の宋代には大宰相や天才文人を数多く輩出した科挙も清代末期になると完全な制度疲労を起こすようになります。


複雑化する試験方式、増大する一方の応募者、それとは対象的に増加しない高級官僚の職……。


完全な大企業病の症状が出てきます。


一方、清末や中華民国初期の中国が本当に必要としていたのは、産業革命以後に膨大な富を生むに至った新しい科学技術などのベンチャー的学問だったのですが、多くの人は伝統的な権威を妄信しがちなので、これらの学問の吸収が遅れました。


これが中国近代化の遅れにもつながるのですが、王国維は理工学分野の科学技術こそ学ばなかったものの、自分の学問に応用できそうな西洋実証主義的な哲学をいち早く吸収しました。

中国古書蒐集 その5 王国維遺書(6)

結論から先に書いてしまうと、王国維の驚異的な学問的成果は、個人的、時代的特性を最大限に発揮したために後代の人々が模倣できない領域にまで達しました。


具体的に言うとどういうことか?


中国は近代期になって初めて哲学、美学、文学等の西洋学問の本格的な流入が始まりました。


それまで中国で人文科学系の学問というと、自国の古典文献学しかなかったのです。


青年期の王国維は各種学校での教育業務の傍ら、大量の西洋思想文献の翻訳を行っています。


これによって同時代の中国人に先駆けていち早く、現代にも通じるような批判的、実証主義的な視点を持つことができたのです。


既に西洋哲学的な実証主義的思考方法に慣れた今日の私たちからすると、それは当たり前過ぎて別段特殊なことではないように感じますが、近代に生きる中国人からすると、極めて異例な思考方式でした。

中国古書蒐集 その5 王国維遺書(5)

王国維がなぜ中国古典文献学の一時代の極点に達したのかを考察することは、今後のアンティーク投資のために参考になる点がありそうです。


彼はなぜ余人が模倣できないアンティーク的学問成果を出すことができたのか?


王国維は浙江省海寧市の生まれ、父親は地方官僚をやったり、自分で商売をしたり、その一方で詩文や書画を作ったりする文化人でもありました。


学問を修める家庭環境的には恵まれた方だったと思います。


ただ、彼と同じような家庭環境にあった同世代の中国人は数多くいたことでしょうし、さらには彼とは比較にならないくらい恵まれた家庭環境にあった人だって多くいたはずです。


それなのになぜ彼だけが飛びぬけた学問的成果を残すことができたのでしょうか?

中国古書蒐集 その5 王国維遺書(4)

孔夫子旧書網を見ていると、初版や初刷りというのが、非常に珍重されているのを感じます。


中国の古典関係の古本に特に顕著な現象のようで、理由としては重版が重なれば重なるほど、印刷が不明瞭になるというのが一つにはあるようです。


私自身はあまり感じたことはありませんが、大量に増刷されるような古典書籍の場合は、自分の買った新しい本より大学図書館にあるような本の方が印字が鮮明だと感じたことはあります。


もう一つの理由としては再版されるときに序文が削られたりとかいろいろと改悪されるケースがあり、これを嫌う場合があります。


何はともあれ、初版とか初刷りとかいった書籍は出版年が古く流通量が減っているので、そういうものを珍重する極一部の人たちがいるかぎり、値上がりします。


上海古籍出版社からは1983年に出版された『王国維遺書』が初版の初刷り(私の手元にあるのは初版の二刷)になりますが、孔夫子旧書網では安くても1000元以上で販売されています。


つまり、人民元高とインフレと希少性の三大圧力によって、中国古書の値段が値上がりすると考えるのですが、供給過多で普通に値下がりしている中国古書も当然あります。


しかし、今からは希少性を踏まえた中国古書購入計画を立てれば、円安とインフレで価値がどんどん下がっていく日本の銀行預金よりかは、はるかによい資産形成ができるのではないかと思っています。


株式投資で10年で10倍のリターンというのは珍しくないため、地味な投資方法でしょうが、私の場合、中国古書投資は投資と趣味を一体化できるというのが、最大の魅力です。

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